天からの洪水
「天からの洪水」アトランティス伝説の解読」エバーハート・ツァンガー 新潮社
昨夜読了。現役の地理考古学者、それもギリシアで発掘経験豊かなプロによるアトランティス研究書。アトランティス伝説を「原典(プラトンの記事)」から解読しつつ、自分自身の豊かな発掘経験、研究成果とつき合わせ、論理的な分析で「アトランティス伝説」と「トロイ」の類似を提示し、トロイ説を提唱する。
この本の凄いところは、作者の専門が、古代の風景を再現する地理考古学であるため、古代ギリシアの風景が非常にイメージ豊かに語られ、その知識をもとに、アトランティスが分析されていくことだ。
例えば、アトランティスが繁栄していたとされる時代は、プラトン(BC5世紀中盤に死去)の文章をそのまま信じるならば、ソロン(紀元前6世紀)から9000年前。つまり、BC9600前後。紀元前1万年を少しかけるぐらいになる。
さて、その頃のギリシアの風景はどのようなものだったのだろうか?
無人だ。
最終氷河期の間、ギリシアに人が住んでいた痕跡はほとんど発見されていない。
その最終氷河期が終わるのが紀元前1万年。つまり、プラトンの言葉通りであれば、アトランティスの繁栄した時代とは氷河期の終わりであり、そこにはアトランティスと戦った都市国家アテネの祖先は愚かギリシア人の影さえも見出せない。
いや、エジプトでさえ、いわゆる文明すら発祥していない。旧石器時代人が緑のサハラで象や河馬を追いかけていた時代である。どうもオカシイ。
しかし、エジプトの神官からソロンに語られた際、あるいは、ソロンが筆記した際に、年号に関する何かのミスがあれば、どうだろう。太陰暦のある地域では月の1周期を1年と扱う場合がある。そうなると、1年は約13ヶ月ぐらいになる。これで9000を割ると700年強。紀元前1200年前後1~2世紀。ギリシア暗黒時代の前、すまわち、ギリシアの神話時代であるアカイア期となる。エジプトでも、新王国の最盛期、ツタンカーメンから、ラムセス2世などの時代になる。このあたりの話ならば、記録も残っている。
そして、ホメロスに語られたトロイの滅亡は紀元前1275年から1240年の間ではないかとされている。
この後、周辺調査を踏まえて、「アトランティス伝説とは、エジプトの記録に残されていたトロイ戦争の伝聞ではないか?」という仮説にたどり着く。その仮説のもと、分析していくと、アトランティス伝説とトロイ伝説の共通点が浮かび上がり、プラトンが「クリティアス」を中断したことさえ説明できる。
面白い。
この手の本は突っ走ったものが多いが、学者の本であるだけに落ち着いた筆致で、描写もウィットに富み、分析も理性的で、ひきつけられるものであった。
あまりに理性的なので、そのままでは「ブルーローズ」のネタにはならないが、ギリシアの古代風景の再現を進めるシーンとか、ソロンとエジプトの神官の間で交わされただろう情報の齟齬とか、「イリアス」「オデュッセイア」の再分析など、知的な刺激に満ちており、ひねりが効かせられそうだ。
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