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May 09, 2005

欧州戦線終結60周年:「坂の上の雲」を読みながら

 世界は対独戦終結60周年で盛り上がっておりますが、ブッシュ大統領の相変わらずの反イスラム演説に呆れてみたり、それより、今後、敗戦60周年、広島/長崎60周年に向けて、日本政府はどう対応するのか、色々気にかかるあたりです。(何かしなくても、小泉首相が何を言い出すのか、見届けるべきでしょうね)
 
 私は、終戦のイメージというと、なぜか、熱い田舎の夏の青空です。
 
 私はもちろん戦後生まれです。父も母も昭和1桁生まれで、当時はまだ若い学生で、出征もなく、終戦の話もあまり聞かなかったのですが、なぜか田舎の青く抜けるような空のイメージがあります。
 これは多分、色々な終戦テーマの映像や物語で語られたイメージでしょう。アニメ版の「サイボーグ009」(初代、モノクロ版)をリアルタイムで見た口なので、その影響かもしれません。
 また、夏の熱い盛りにいつも終戦関係の番組を見て、お盆と重なる気持ちがあるのかもしれません。特に、広島に原子爆弾が落ちた日は、旧盆の真っ盛りの、熱い日で、その衝撃波は郊外の農村地域まで及んだと聞きます。セミの声が響く夏の日、真っ青な空が一瞬の閃光と衝撃波で死の世界に変わる。小学生の頃、読んだ広島被爆関係の本での印象が今も強く残っています。

 おかげで、「エヴァンゲリオン」の再放送を見ると、その透き通った青空と温暖化したため、永遠の夏が続く第三東京市に、「終戦」のイメージが重なることがあります。最近では「蒼穹のファフナー」にもこの辺、通じるイメージがありますね。

 これはもしかすると、本土決戦をしなかった日本人の多くが持つイメージかもしれません。
 (実際に戦場になった沖縄の方々は、違うと思います。沖縄県民と、本土の人々で戦争感にずれがあるとすれば、故郷が戦場になり、目の前を敵兵が現れたかどうかということにつきると思います)

 今、「坂の上の雲」を読み始めています。(仕事の合間なので、また2巻目ですが・・・)

 明治20年代。日清戦争、日露戦争という流れの中で、日本という国が形成されていく過程を、日本海海戦で活躍した海軍参謀の秋山真之とその兄で騎兵隊の父、好古、そして、文学者の正岡子規という旧・伊予藩出身者3名を軸に描いていく司馬遼太郎の近代歴史小説です。ビッグ・コミック・スピリッツで連載されている「日露戦争物語」(江川達也)でも同じ時代、同じ主人公で話が進んでいますが、実に興味深い。
 その上、かつて、「上海退魔行 ~新撰組異聞~」で明治3年の架空歴史を扱ったものとしては、ああ、こんな人もいた!という再発見もあり、時間を忘れて読みふけってしまうことも。
 やっと2巻目に突入し、日清戦争の最中です。外務省翻訳局長から、北京公使代行になった小村寿太郎とか、川上操六(海軍参謀で独自の対清諜報網を展開)とか、ああ、この時代も刺激的であることよ。

 とりとめもない話になりましたが、司馬遼太郎、ベルリン陥落60周年、そして、今書いている原稿が重なって、日本の近代史に頭を悩ます訳です。『真・女神転生』もまた、近代史の影響を受けた作品のひとつなので。

 「上海退魔行 ~新撰組異聞~」と『真・女神転生』の話をするはずだったが、時節の話になってしまった。
 また近々「上海」とか、『真・女神転生』とか、「ブルーローズ」の話を改めてアップロードしましょう。

追加:「坂の上の雲」は2006年度以降に、スペシャル大河ドラマ化することが検討されているそうですね。
公式サイト

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