アトランティスは誤訳?
あいかわらず、アトランティスな日々で、お約束のようにプラトンと格闘中。迷ったら、とにかく最初に帰れという話である。ところが、アトランティス物語の原典である『ティマイオス』序文と『クリティアス』断章は、よく読むと色々おかしなことが書いてある。まあ、この辺の整合性を取っていくのがアトランティス研究の醍醐味というか、歴史ロマンたる所以でありましょう。
例えば、『クリティアス』には、「エジプトの神官がソロンに語るアトランティスの話に出てくる名前は神官がどうやら翻訳したものであることにソロンが気づき、詩作用のメモを作る際に、意味を考えながら、自分たちの言葉に翻訳した。だから、異国の人がギリシア風の名前でも驚かないでほしい」という趣旨の記述がある。
これはとんでもない話である。
伝説は二度、翻訳されていたのだ。
もともとのアトランティス話(洪水前のアテネ、ギリシア語?)
→ 翻訳され、サイスの言葉に
→ 神官から話を聞いたソロンがギリシア語に再翻訳
つまり、アトランティスとか、アトラスとか、ポセイドンとか言っているが、これは「翻訳名」であり、「実名」は異なる可能性が出てきたのだ。
例えば、アトランティスというのは「アトラスの娘」という意味であるが、これらの名称が翻訳だとした場合、「アトラス」という名前が原文にあったかも分からなくなってしまう。実際、最初からアテネの守護女神アテネとサイスの守護女神ネイトを一緒にしているあたりでかなり乱暴であるが、そのことを考えると、色々危険な可能性が生じてくる。アトラス王という名称自体、翻訳であり、ギリシア神話のアトラスに対応するエジプト神話の神((そんな神がいたかなあ?))を当てていたので、ソロンはそう訳したが、もともとは全く違う神格だった可能性もあるのだ。
まあ、「ロード・オブ・ザ・リング」でアラゴルンの偽名「STRIDER」(大またで歩く人とか。足が速いというニュアンス。小説版は「馳夫」)が「韋駄天」と訳された事件みたいなものである。
ここで、もっと恐ろしいのが、誤訳である。
翻訳というのはそれなりに相手の文化を分かっていないと、失敗しやすい。特殊な文化背景を持つ言葉であれば、なおのこと翻訳を誤ることがある。例えば、ベテランの翻訳者でもSFやファンタジーに精通していなければ、Orcを「樫の木」(Ork)と訳してしまう。オーク、もしくはオーク鬼と翻訳するには「指輪物語」、あるいは、その影響下に生まれた諸作品(ゲームでも可)に触れていなければできない。
その上、2回も翻訳(意訳・超訳)しているし、うわあ、どきどきする。
誤訳の問題は、プラトンの原文に当たったとしても解決しないのが分かっている。あれは訳文であり、ソロンがもとにした原文、すなわち、神官の話のもとであるというサイスの石碑を確認するしかないのである。
しかし、これを確認したというのは、ソロン以外にひとりしかいない。プラトンの初期の門下生クラントールがその石碑を見たというが、困ったことに彼はヒエログラフを読めず、案内人に見せてもらっただけ。結局、その石碑を確認した現代の研究者はいない。どこにそれがあるかも今は分からないからである。恐らく、イスラム帝国期に破壊されたか、もともと存在しなかったのかもしれない。
アトランティス伝説に何らかの誤訳が混じっていたとしたら?
それはさらなる迷宮に我らを導きいれることになる。
伝説の伝播における誤訳というのは、決して少なくないし、途中で解釈が変わったり、仲介者の文化が混入したりすることも少なくない。昨夜の「世界ふしぎ発見」でも、我々がインド紀元と考えていた日本のお盆(盂蘭盆会)の語源がソグド語の霊魂(ウルヴァン)であり、ソグド人が信仰していたゾロアスター教の祭祀が、ソグド人の伝播していたシルクロード仏教に混入したものであるという研究が紹介されていた。
「ブルーローズ」のみならず、「上海退魔行 ~新撰組異聞~」や『真・女神転生X』でも使えそうなネタである。シナリオにする場合は、誤訳を引き起こした人物の介入理由を考えることになるだろう。
「ブルーローズ」の場合は、誤訳を引き起こし、超古代文明を秘匿しようとする《銀の暁》あたりの陰謀か、セレスティアル・ゲートによる超訳でトンデモ解決が始まるとか。
「上海退魔行 ~新撰組異聞~」の場合は、坂本龍馬か武田観柳斉あたりがアトランティス伝説を誤訳して、とんでもないことを言い出すとか・・・いや、本家シュリーマンとブラヴァツキー夫人がいるし。。。
『真・女神転生X』の場合は、真面目にアトランティス話をしつつも、誤訳でなぜか東京湾にアトランティスがあったことになってしまうとか。ムーだとありそうですね。
個人的には、「深淵」において、魔道書の誤訳をするというのが面白そうだ。
写本時のミスか、翻訳時のミスか、いや、それさえも魔族の策謀なのか?
付記:残念ながら、私もギリシア語やヒエログリフは読めませんので、岩波書店を信じます。他の関連書と引き比べて確認はしますが、できるのはそこまで。
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