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August 07, 2005

アトランティスの女王ムー

 アトランティス本もマヤ編を終わり、後はアイルランドとか、北海とか。もう少しで大山を越える。まあ、もう少しあるんだけどね。しかし、私はなんで、ユダヤの失われた十支族とか、コロンブス=ユダヤ人説とか解説しているのやら。

 アトランティス学の流れを追いかけていくと、19世紀後半の珍人奇人の類と次々出会う。
 例えば、アトランティスとムーの間を結んだマヤ研究家オーギュスト・ル・プロンジョンは、ドネリーと並んで、現代のトンデモ学の基礎を作った人とも言える。
 ユカタン半島のマヤ遺跡を発掘、ながらくそこに住んだ挙句の果てに、間違いだらけのランダ式マヤ・アルファベット表を使ってブラッスールがトンデモ翻訳をした『トロノア写本』とチチェン・イツァーの壁画から、アトランティスの女王ムーとコー王子の悲恋を描いた。

 アトランティスの女王ムーの愛を巡って、兄弟である王子コーとアアクは争う。コーは女王の愛を得るも、アアクに殺され、国は奪われてしまう。そして、ついにアトランティスは滅び、海底に沈む。エジプトに逃れたムー女王はコーへの想いを込めて、スフィンクスを築いた。その後、彼女はイシスと名乗り、エジプト文明の基礎を作った。

 翻訳不可能なツールであるランダのアルファベットを煩悩溢れるイマジネーションで補い、『トロノア写本』をトンデモ超訳して、ムーという言葉を作ったブラッスールも、凄いが、ここまで暴走しちゃうル・プロンジョンも凄い。
 ル・プロンジョンはその後、エジプト研究に向かい、ピラミッドのサイズには超古代の叡智と人類の未来に関する予言が隠されていると言い出す。ボーヴァルの『オリオン・ミステリー』を遡ること、70年余り。さすがであるというべきか、いまだ、このネタなのかと呆れるべきか。

 そして、ムーの伝説はチャーチワードに引き継がれるのだが、こういうメンバーの生存期間を見ると、魔都・上海で、アトランティス・ムー論争の重鎮を集合させられることが分かる。チャーチワード、ブラッスール、ル・プロンジョン、ドネリー、そして、ブラヴァツキー夫人。
 うわあ、ダメダメであるな。
 ああ、「上海退魔行 ~新撰組異聞~」がやりたくなってきた。

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