永遠の冬10:間奏01:伝書使
世の全てを知ることなどできぬ。
出来たとしても、受け入れることなどできぬ。
それでも……。
「ここから始まるのは茶番だよ、アンウェン」
仮面を被った魔道師は小さくささやいた。
その姿は異様である。黒く長い髪と白い肌、顔の上半分は銀の仮面に覆われ、瞳の色も伺えない。唯一見える唇は薄く、酷薄な印象を与える。魔道師のローブの下から覗く右腕は黄金に輝く篭手に覆われている。左腕のあるべきあたりには何のふくらみもない。
「……それで、俺はどんな道化を演じればいいんだい、レディアス?」
と、話しかけられた若者が頭をかく。
浅黒い肌と黒い瞳は彼が南西から流入してきたエザクの民であることを示している。
「君の仕事は伝書使だろう?」
魔道師が一通の手紙を渡す。
アンウェンは伝書使である。街から街へ手紙を運ぶことを仕事にしている。治安の悪い場所もあることから、傭兵まがいの戦いに手を染めることもあるが、あくまでもその名前にこだわる。
「誰宛てだい?」
アンウェンの問いに対して、レディアスは一瞬、口元に手を当てて考えるような仕草をした。
「……強いて言えば、もうひとりの私に」
「なんだ、それは?」
「人探しを兼ねていてね、名前はディルス、《獣師同盟》にいた男だ」
「まだ、魔獣に手を出すつもりか?」
アンウェンは非難の声を上げた。
《獣師同盟》とは、かつて、魔道師学院を出奔したレディアスが属していたことのある秘密結社である。魔獣を生み出す力を持った魔族《獣師ブラーツ》を信仰し、動物や人間を生きたまま、切り裂き、魔獣を作り出していた。
「いまさら、何を恐れる?」
と、仮面の魔道師は黄金の篭手を持ち上げ、カンカンと指先を打ち鳴らして見せる。中に何か入っているような音には聞こえない。
すでに、レディアスは《獣師同盟》から奪った《混沌の六魔獣》にその身の一部を捧げていた。黄金の篭手や銀の仮面はその結果である。いや、それ以前に、彼は《ブラーツ》の秘儀を得るために、貴族の娘サイアを誘惑し、懐妊させた上で、彼女をその腹の子ともども、魔族に捧げたのだ。一度は愛した女を。
その後、サイアは魔獣シルドラとして復活、レディアスはアンウェンとともに、彼女の娘である魔獣リオス、ネリスらを自ら滅ぼし、シルドラも、深淵の底に沈めた。
「これから、私は魔道師学院に戻る」
レディアスが笑う。
「処刑されるぞ!」
アンウェンが叫ぶ。魔道書を盗んで出奔、異端の獣師に身を落とした魔道師として、レディアスは魔道師学院から敵視されていた。龍の都スイネの一件で多少、関係は改善されているものの、正々堂々学院に凱旋できる身分ではない。
「そこが茶番さ。そして、その間、アンウェンには人探しをして欲しいのだよ。
多少、時間はかかっていい。
場所は恐らく、バッスルの都かロクド山のどこか。ル・ウールの祠にいるはずだ。普通の顔をしてな」
「見つかったら? 手紙を渡した後は?」
「私からの伝言が届くまでは好きにしていい」
「伝言?」
「カイリが君を見つけるだろう」
それはレディアスの幼なじみである。火龍の都を治めるスイネ大公家の姫君にして、魔道師学院の幻視者である。彼女の魔法の瞳は全てを見通し、遥かな場所さえも越える。ファオンの野の火龍を監視する役目を担う彼女にとって、山中の伝書使ひとり見つけるのは簡単であろう。
「もう一度聞く」
とアンウェンが言った。
「手紙を届けるだけでいいんだな?」
「ああ」
と仮面の魔道師はうなづいた。
「彼はすべて分かってくれるはずだ」
かくして、伝書使は探索の旅に出る。
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「永遠の冬」再開、というか、間奏部分その1.
とりあえず、レディアスとのリンクを張る。
ついでに、深淵CONで問い合わせの多かったアンウェンの行き先の話。出番がないからと言って、殺さないで下さい(笑)
しばらく、得体の知れないミニ・ストーリーが続くかもしれません。
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