永遠の冬5:冬送り
水辺の咲く紫菖蒲はすっと伸びた上に、あでやかな華をつける。
棘ある薔薇は藪に絡まる。
薄紅のケザルは太い幹と広がった枝一杯に咲いて、森を染める。
咲く花がいかに見えるかは、花のみにあらず、その幹ゆえに。
10歳の春。
雪解けとともに、グリスン谷の春が始まる。
村人たちは畑を見回り、畦を直し、水路に詰まった芥(ごみ)を取り除く。
種まきをしながら、雪に埋もれていた冬キャベツを掘り出す。一冬おいた冬キャベツは甘くなり、干し肉や茸とともに茹でるだけでずいぶん美味い。
ウィリスは薬草を干したり、すり潰したり、整理したりすることで冬を終えた。朝夕にはお迎え役としての口上を暗誦させられた。
薬草をすり潰しながら、祝詞(のりと)を謡った。
冬翼様の祝詞は七つある。お迎えの祝詞、お鎮めの祝詞、お祓いの祝詞、お送りの祝詞、お集いの祝詞、お捧げの祝詞、お留めの祝詞。これらを正しく唱え、冬翼様を正しく迎え、歓待し、お気持ちよく北へお帰りいただかねばならない。お迎え役はそうした儀式を整える役目だ。ここ何十年かはゼルダ婆がこの役にあったが、ウィリスが選ばれた今、その手順は正しくウィリスに伝えられねばいけない。
「まずは覚えること。意味はやがて分かる」
ゼルダ婆はそう言うが、意味の分からぬ祝詞を暗記させられるのは大変だった。
それでも、節をつけて謡えるようになると、何となくすっと落ち着いてきた。
お集いの祝詞を謡ったときなど、雪原の向こうで雪狼が答えるように吠えたものであった。
そうして春が来る。
雪解けの少し前、ゼルダ婆とウィリスはお送りの祝詞を謡いながら、村中を歩き回った。
「なれの妹背は、こにあらじ。吾郷は北に、吾郷は北に」
どうやら、冬翼様は愛する人を探して、毎年北から南へとさすらっておられるらしい。ここにその方はおられないので、北の故郷にお戻りなされよ、という意味のようだ。
祝詞巡りは村にとって春の先触れだ。
祝詞の声が響くと、家々から子供たちが飛び出してきて、婆の後ろについて歩く。その後から大人が出てきて、干し芋を配る。蒸した甘藷を薄く切って干すと甘みが出てくる。子供たちの好物である。
甘根草を煮て、赤ワインを混ぜた赤湯を出してくれる家もある。まだ寒い外気の中でもぽかぽかと甘い飲み物である。
村長のトレルさんは見栄を張って、この日のために取っておいた砂糖菓子の粒をくれる。
「ひとりずつ、ひとりずつ」
村長の奥さんが押し寄せる子供たちに向かって叫ぶ。
いつもならば、ウィリスもあの中にいて、砂糖菓子をなめていたはずだったが、祝詞巡りの先頭で、ゼルダ婆と一緒に謡う役だったので、砂糖菓子も干し芋ももらえなかった。赤湯を少しなめただけ。
「これがウィリスの分だよ」
ポケットに小さな袋が押し込まれた。
謡いながら、振り返ると、メイアがいた。ありがとうと手を振ると、彼女は、くりくりした茶色の目をぱちぱちしながら、歌に合わせてわあっと跳ねた。
祝詞巡りはそのまま村を三周して、最後に冬翼様の祠まで行き、お見送りの儀式をする。ゼルダ婆とウィリスは祠の前で、お送りの祝詞を捧げた。歌が終わり、締めの言葉を奏上し、すべての儀式は終わる。
(……)
頭を垂れたウィリスは誰かに呼ばれたような気がして、頭上を見上げた。
三日月のような、鳥のような巨大な雲が、ただ一騎、空を北に向かって流れていった。
「冬翼様がお帰りになられる」
ウィリスの背後でゼルダ婆が呟いた。
「さあ、今日の始末は終わりじゃ。広場で、村長が鍋を用意しておる。
お前も遊んで来い」
冬送りの祝詞巡りが終われば、大人たちは春呼びの野菜鍋を作って酒盛りをする。
子供らも一日、手伝いを免除されて遊び回る。
ウィリスも今日は一日、薬草すりから解放される。
そして、振り返るとメイアがいた。
春が始まる。
これはまだ春が来た頃の思い出。
永遠の冬が来る前の……
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やっとメイアが登場。前回、女の子って書くのを忘れていた。ガースが悪友の男の子。
祭りの話は書いていて楽しい。
先日、図書館で見つけた「里神楽ハンドブック」を読んでもいないうちに書いてしまった。あれあれ、順番が違うぞ。まあ、いずれ、『真・女神転生X』あたりのネタで使おう。
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●締め切り中
色々締め切り中。決着がついたあたるから報告しますので、それをお楽しみに。
『金剛神界』は目処が見えてきたが、シナリオとか残っている。ディベロップ作業もあるので、もう少しかかる。さて、これ、一冊におさまるのかな(笑)。
『比叡山炎上』も平行作業中なので、大騒ぎ。
あと、アレが飛んできたら、すさまじいことに。
傍ら、企画書が書き直しになったり、ならなかったり。
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