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October 18, 2005

永遠の冬6:通火の誓い

 言葉を川面に残すのは難しい。
 揺れる通火に誓っても、それは儚き夢。
 それでも、今は誓おう。
 いずれ、お前を迎えに来ると。

 10歳の夏。
 初夏、入道雲が高く上り始める前に、村では虫追いが行われる。山から下ってきた豊饒様とともに、子供たちが畑を巡り、豊饒の灰をまき、畑に集まる虫を取り、今年の豊作を願う。
 ウィリスと婆は、豊饒様のお迎えもする。
 冬翼様が厳しい冬の神ならば、豊饒様は畑を守る夏の神だ。
 これも、お迎えし、歓待し、やがて、山にお戻りいただく。
 豊饒様は豊作をもたらすよい神様であるが、いたずら好きで、女好きだ。
 葉っぱと木の枝の塊のように見える豊饒様は端から村の女子たちを抱きしめていく。抱きしめられた女子を好きな男がいれば、豊饒様から女子を引き離す。

 それは「好き」の印である。

 女子がその男を気に入れば、その場で抱き合う。気に入らねば、豊饒様を回る踊りの輪に戻る。
 久しぶりに戻ってきたガースの兄は、井戸端のカイナが豊饒様に抱きしめられると、さっと飛び出した。水車小屋の次男坊も一緒だった。カイナは二人の顔を見比べた挙句、ガースの兄を選んだ。水車小屋の次男坊は泣きながら、踊りの輪に戻った。
 婆とともに祝詞を謡うウィリスは、こうした騒ぎとは無関係だ。
「12の夏にはお前の番じゃな」
 婆はそう言って笑ったが、それはずいぶん先のように思えた。

「きゃあ」
 踊りの輪の中心で聞き慣れた声が上がった。
「豊饒様、まだその娘は早いわ」
 誰かが囃し立てた。
 見ると、メイアが豊饒様に抱きしめられている。
 ごつごつした木の枝のような腕が、少女の腰を巻き取っている。
 まるで藪そのもののような豊饒様の姿。草や木の枝の塊のように見えるその異形の奥に暗い闇が見えた。まるでメイアが森の奥に連れ去られてしまいそうだった。
「メイア!」
 ウィリスは思わず飛び出していた。
 メイアの伸ばした白い手をつかんで引っ張る。
 儀式の通りならば、豊饒様はすぐに少女を放すはずだった。
 しかし、豊饒様の腕はきっと少女に絡みついたまま。いや、さらにその藪の奥から、蔦のような緑の腕がもう一本、メイアの肩につかみかかろうとしているではないか?
「ウィリスでは役不足だとよ」
 大人たちは豊饒様の悪ふざけが始まったと思い、囃し立てる。
「ウィリス、頑張れ!」
 ガースが駆けつけ、豊饒様の緑の腕をメイアから引き剥がした。
 ウィリスが全力でメイアを引っ張る。
(……預けよう……)
 木の葉のざわめくような声がして、豊饒様がメイアを放り出した。ウィリスとメイアはそのまま体勢を崩して、ぺたんと座り込む。
「ウィリス!」
 メイアが少年に抱きついた。
 少女の髪から甘い匂いが漂った。

 歓声が上がる。

 あわててウィリスとメイアは村中の大人から見つめられていることに気づき、ぴょんと立ち上がった。
 そのまま、踊りの輪を飛び出した。
 二人で。

 川面には通火が群れていた。

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とりあえず、続き。
辺境の村の話を書いていると、どうも、日本の古い祭りの話になってしまう。一神教ではない、多神教世界の辺境とはえてして、おおらかな恋の祭りがあるものということで。
あとで大幅書き足しかなあ。
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