永遠の冬9:継承
人は意識せずに未来の準備をする。
今日すること、昨日したことは明日につながる。
しなかったことは、明日の道にはつながらない。
そして、この出会いの意味を知るのは遥か先のことであろう。
10歳の冬。
今年もウィリスが冬翼様を最初に見つけた。
ゼルダ婆と二人で、お迎えの祝詞を唱えて村を回った。衣装はしまってあった先々代のものを着たが、まだ小さなウィリスにはまだ少しぶかぶかだった。
「お迎え役の衣装を揃えないとねえ」
ウィリスの母が言った。
「すぐ大きくなる。今はこれでよいのじゃ」
ゼルダ婆が言う。
「もうすぐ、私が機織りを覚えるよ!」
メイアが言った。
確かにメイアの母は村随一の機織りだ。10歳になったメイアは織り機に触れることを許された。この冬は機を織る技を学んで過ごすのだ。
「急ぐな、メイア。すべては継承の儀が終わってからだ」
ゼルダ婆がいった。
ウィリスはこの冬、継承の儀を受けねばならない。お迎え役として、冬翼様の御眷属に挨拶をして回るのだ。御眷属がウィリスを認めて初めて、ゼルダ婆の正式な後継者となる。この儀式がうまく行かねば、ウィリスはお迎え役になれぬばかりか、命を落とすかもしれない。
それほどまでに、冬の眷属は気が荒いのである。
雪がちらつき始めてから最初の満月がやってきた。
満月を控えた朝、ゼルダ婆とウィリスは霜に覆われた山に入った。まだ雪が積もるほどではないが、地面は凍りつき、一歩進むたびにザクザクと音を立てた。斜面は時折、滑ったので、ウィリスと婆は半ば這うようにして、山を登った。秋に茸を取ったり、薪を拾ったりするあたりも、もはや人気はない。獣たちも冬篭りをするために移動したのか、遠い声さえも聞こえぬ。わずかに冬鳥が舞うばかりである。
やがて、白く屹立した板状の石碑にたどり着いた。
「白の石碑」である。
7歳の夏。ウィリスはここであの白く美しい女性に出会った。
真っ白な鎧具足をつけ、毛皮の帽子を被った勇ましい姿をしていた。
きれいだった。
しかし、彼女はこう言って、彼を追い払った。
「ここは禁忌の場所」
彼女の青い瞳をウィリスはよく覚えていた。
あれから3年。
ウィリスは、これが何であるかをすでに学んでいた。
冬翼様の御眷属にして、雪狼たちの姫ネージャの封印である。
この地に、雪狼の姫ネージャ様が封じられている。
正式なお迎え役となるには、ネージャ様の声を得なくてはならない。そうすることで、お迎え役はさらに雪狼の友となり、冬翼様の加護を得ることになるのだ。
婆の祝詞に合わせて、ウィリスはお集いの舞いを踊る。
何も持たぬ両手で、森や藪から仲間を招くような仕草をする。ゆるゆると向きを変え、四方から招き寄せる。それは御眷属衆を招き、この地に力を集める仕草だ。
祝詞と舞いに答えるように寒風が吹き始める。
雪狼の声がいくつも上がる。
凍えるような冷たい風に、白い雪が混じり始める。
見える。
ウィリスの瞳はもう、風の中を舞う雪狼の透き通った姿さえ見える。祝詞と舞いに合わせて、何頭も何頭もの雪狼がウィリスの周囲を舞う。雪が二人の上に振り積もり始めるが、ウィリスは冷たくなど感じない。それは優しい母の手のように少年を抱きしめる。
婆の声はぐっと高まる。
ウィリスは、白の石碑に向かって両手を伸ばし、招く仕草をする。
「「姫様、御顕現あれ!」」
ウィリスと婆の言葉が重なる。
ふわり。
雪をはらんだ風が渦巻き、その中央にひとりの女性が現れた。
白い鎧に身をまとい、毛皮の帽子を被った戦姫。
その瞳は空の青。
その腕には氷雪の大槍。
美しくも勇ましき雪狼の姫。
「「ネージャ様!」」
ウィリスと婆はその場に伏した。
「お迎え、ご苦労」
ネージャが鈴を転がすような澄んだ声を発した。
そのまま、ざっと前に出る。
「……やっと……やっと、会えたな、ウィリス」
ネージャは言った。
「汝は獣の王となるのだ」
「然り」
ゼルダ婆がウィリスにささやく。
「お前はそのために選ばれたのだ」
かくして、ウィリスは雪狼の姫ネージャから認められた。
獣の王が何を意味するのか、まだ、彼は知らない。
そして、彼の将来につながる、もうひとりの男の物語など、ウィリスの知るよしもなかった。
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たぶん、第一章終わり。
この話がどこまで、事態を変えるかはまだ明らかではない。
最終的に、他の設定と調整をする予定だが、はてさて。
来週には第二章を描き始めるつもり。
ウィリス11歳の春になるかどうか。
いずれきちんと書いて製品化したいが、その際までに色々変わるかもしれないことを、読んでくださった皆様には、ご理解いただきたい。
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