永遠の冬12:烽火
それは緩やかに近づき、素早く奪っていく。
もっとも大事なものを。
ウィリス11歳の春は続く。
父のジードは、ガイウス探索部隊に加わるため、ガースらを連れて砂の川原に向かった。
その朝、ウィリスは初めて、父の鎧姿を見た。
前の開いた丸兜、胸当て、鎖帷子、鉄のすねあて、そして、腰から下げた長剣、背中に背負った円形の盾。そこここに鋼鉄の鋲が打たれ、歩くだけでがちゃがちゃと言う。ずいぶん重そうなそれらを父は軽々と持ち上げた。
見送りの村人に答えて、軽く剣を抜き、振るって見せた。
鈍い輝きを放つ剣がぶんと空を切る。
重い鎧をまとっているとは思えない。
戦士としての父は全くの別人だった。
それは誇らしいとともに恐ろしいものでもあった。
父は戦うのだ。
最後に、父はウィリスと母を抱きしめて言った。
「ウィリス、お前はお前の役目を果たせ」
父たちが村を出て行くと、ウィリスも荷物を背負って狼煙台に上がった。番役は持ちまわりになるが、春の種まきが終わるまで、村は忙しいので、もっぱらウィリスの仕事になる。
狼煙台の役目は、東のバッスル侯爵から発せられる緊急招集を西へ伝えることである。はるか東の狼煙台に上がる狼煙を見つけたら、狼煙台に火をつけ、この日を三日三晩、燃やし続ける。この狼煙が発せられたら、さらなる戦の始まりだ。今度はグリスン谷のような小さな開拓村にも兵士が求められる。次なる出仕の割り当ては兵10名、馬2頭。若者のほとんどが戦に取られることになる。
ウィリスはその日が来るのが恐ろしかった。
東の狼煙台はミネアス様の領地の東の端にある。西の狼煙台ははるか西方、風見山だ。確かあのあたりには銀鉱山があって、多くの流刑者が山を掘っているという。
狼煙台に上がって数日は、狼煙台の整備と薪の供給のため、多くの村人が出入りしていたが、それが過ぎると、番小屋はウィリスだけになった。
食べ物を届けに、毎日、メイアが峰まで上がってきたが、夕方には村に下りていく。
夜はひとりだった。
いや、正確には違う。
ウィリスには雪狼がいた。
冷たい峰の空気の中に、雪狼たちの魂が隠れていた。
だから、ウィリスは寂しくはなかった。
何事もないまま、10日が過ぎた。
ある日、メイアが上がってきたので、番小屋の前に座り、二人で食事をしていると、誰かに呼ばれたような気がした。見れば、西の風見山の狼煙台に白い煙が立ち昇っている。
西?
慌てて、東の狼煙台を見るが、煙は上がっていない。
なぜ、西?
ウィリスは西からの狼煙に関する命令は受けていなかった。
しかし、これは狼煙だ。戦の印だ。
ウィリスは立ち上がり、狼煙台に火を放つととも、メイアに命じた。
「村へ知らせを」
少女が慌てて、山を下っていく姿を見送るウィリスの耳に雪狼の遠吠えが聞こえたような気がした。
戦いが始まる。
東ではなく、西から。
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グリスン谷へ迫る戦火の印。西から来る狼煙の意味は?
色々調整しながら、書いてます。
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あしからず。
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