永遠の冬14:夜襲
矢羽の音、悲鳴、馬のいななき、そして、血潮の匂い。
忘れたくても忘れられない。
戦いの始まりは、夜の闇の中であった。
ウィリスは雪狼の声で目覚めた。
風見山へ踏み込む前夜、真夜中を過ぎた頃。部隊は街道を離れ、林の中で休息を取っていた。
目覚めると深い霧が漂っている。このあたりでは珍しい、深くじっとりした霧だ。
(餌になるぞ)
雪狼の声がウィリスにささやいた。
首筋がちりちりする。
ウィリスは隣で眠っていたダーシュをこづいた。
「ダーシュ、よくない霧だ」
ダーシュは寝ぼけた顔でいたが、やがて、うなづき、水車小屋のヤンを呼んだ。
ヤンはグリスン谷の全員を起こす。
「ああ、この霧はよくない」
ヤンは、剣を取ると、ウィリスに一緒に来るようにいった。
「この霧はよくないな」
カルシアスはうなづいた。彼と赤揃えの兵士たちはすでに目覚めていた。焚き火が高く燃え上がり、カルシアスはすでに赤い鎧を身につけ始めていた。
「まだ、川面からずいぶん上だと思っていたが、ここまで霧が上がってくるとなれば、奴ら、近いぞ。ゾークス、全軍を起こせ」
鎧を付け終わったカルシアスは、ひらりと馬に飛び乗った。磨き上げられた真紅の鎧が馬上に輝くと、兵士たちはおおと声を上げた。華麗の一言で知られるマリュアッドの騎士である。同じく真紅の馬上槍と騎士盾を構えると、戦の神のようにも見えた。
次の瞬間、霧の向こうで、叫びが上がった。
数本の矢が霧を貫いて、飛来する。首に矢を受けた不幸な兵士がひゅーひゅーと悲鳴を上げて倒れる。
「来るぞ!」
カルシアスの叫びに答えるように、霧の中から不気味な怪物が飛び出してくる。怪物は青白いぬらぬらした人型の生き物である。顔には人のような目鼻はないが、ウィリスは蛙のような雰囲気を覚えた。
「この水魔め!」
カルシアスは、前進して、馬上槍を怪物に向かって突き出す。濡れたような皮膚にすべって、槍が流れた隙に、怪物がカルシアスに飛び掛るが、赤揃えのゾークが横から斧槍を突き出し、怪物を叩き落とす。そこへ赤揃えの兵士たちが群がり、剣を突き下ろす。
後は乱戦であった。
水魔は最初の一体だけではなく、次々に霧の中から現れ、カルシアスに向かってくる。
赤揃えの5人の兵士が、一斉に斧槍を振り下ろし、水魔たちに傷を負わせる。ヤンはカルシアスの近くにグリスン谷の兵士を集め、水魔たちの横あいから襲いかかった。ウィリスはダーシュとともに、水魔に向かって剣を突き出した。水魔の体はぬらぬらして、剣はなかなか通らなかったが、何度もつくうちに、青みがかった血が噴出した。
突然、ウィリスの体が弾き飛ばされた。
何が起こったか分からなかった。
見上げると、傷ついた水魔がウィリスを睨むように振り返っていた。戦場の中央で燃え上がる焚き火の炎を背に、水魔は暗く不気味な青い影に見えた。
「うらああああ」
叫びとともに、ウィリスの倒れたすぐ横を蹄が通り過ぎていった。
青白い。
風というよりも、谷川の水のような透明な青。
それは一瞬の隙をついて、戦場を突破した。
青き騎士は、グリスン谷の兵士たちを踏み越え、霧の巻いた林の中を走り抜ける。
赤揃えの兵士たちが振り上げようとする斧槍が林立する前に、それを踏み越える。
構えた青い馬上槍が電光のように、カルシアスの赤い鎧に向かって突き出される。
どん!
カルシアスは、構えた盾ごと吹き飛んだ。
ウィリスはその光景を始めてみた。
鎧を着た真紅の人影が、馬上から弾き飛ばされ、宙を飛ぶ。
そのまま、木の幹にたたきつけられ、複雑な金属音を立てる。
まるで、濡れ雑巾のように、赤い血の跡を引いて、そのまま崩れ落ちる。
「カルシアスさま!」
赤揃えのゾークが叫ぶ。助けに向かおうとする前に、青白い騎士が立つ。先ほどの突撃で折れた馬上槍はすでに捨て、片手半剣を構えている。
「ガレンナ砦の敵は取らせてもらった!」
青白い騎士が叫ぶ。
同時に、奇怪な青い軍馬が霧を吐く。周囲にじっとりとした嫌な空気が流れる。
「水の騎士め!」
赤揃えのゾークが斧槍を突き出すが、盾に弾かれ、そのまま、切り下ろされる。騎士の剣はゾークの赤い兜を断ち割り、ゾークは脳漿と血を噴出したまま、崩れ落ちた。
「殺せ!」
騎士の命令に水魔たちが飢えた叫びで答えた。
殺戮が始まった。
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反乱編第四話。
マリュアッドの騎士は目立つのが仕事。ゆえに戦場での死亡率はかなり高い。
さて、ウィリスの運命やいかに。
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