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November 16, 2005

永遠の冬15:殺戮

 我が声に答えよ。
 我が絶望に答えよ。

 カルシアスの敗北、ゾークの死とともに、兵たちは崩壊した。
 生き残っていた赤揃えの兵が斧槍を振り回したが、水魔たちが群がり、赤揃えの鎧はもはや見えなくなった。

「逃げるぞ!」
 青白い騎士が走り抜けた時から倒れたままのウィリスだったが、ダーシュに腕を引かれ、慌てて立ち上がる。息を荒くしながら、青白い騎士に背を向け、ダーシュとウィリスは街道とおぼしき方角へ向かって走り出した。
 水魔の吐いた霧がねっとりと足に絡む。
 林の木々の根っこがまるで生きているかのように、ウィリスのつま先に当たり、たびたび、体勢を崩させる。ひっくり返ったら、終わりだ。ウィリスは必死にダーシュの背中を追った。いつの間にか、剣は投げ捨てていた。空になった腰の鞘さえ邪魔だ。

 背後から蹄の音とともに、じっとりした湿気が押し寄せてきた。

「ダーシュ!」

 ウィリスは叫んだ途端、木の根につまづいてひっくり返った。

(右)

 雪狼の声に反応して、横に転がると、今、倒れた木の根を青白い蹄が踏み破って、通過していく。一緒に振られた剣の刃がウィリスの顔の上を抜け、そのまま走るダーシュの首へと叩き込まれる。
 丸い物が飛び、ずいぶん背の小さくなったダーシュは数歩走って林の木にぶつかり、倒れた。

「ダーシュ、ダーシュ、ダーシュ」

 ウィリスは呟きながら、立ち上がる。
 青白い騎士は、怪物のような青い軍馬の馬首をめぐらせる。
 ただ、無言で剣を持ち上げると、ぱんっと手綱を入れた。
 青い軍馬が、谷川の流れのような青い風となってウィリスに迫る。

 死ぬ?
 あの剣が僕を殺す?

 不思議と実感は湧かなかった。ダーシュの首が飛ばされた瞬間に、ウィリスの頭はよく動かなかった。

「うらああああ」
 水の騎士の剣が振り下ろされる直前、ウィリスの前に、大柄な姿が飛び出した。赤い斧槍が突き出され、騎士の剣を受け流す。
「馬鹿、ウィリス、逃げろ」
 水車小屋のヤンだ。
 その姿はすでに赤と青の血にまみれていた。水魔の血とおそらくヤン自身の血だ。
 ヤンは片手でウィリスを押しやる。
「みんな、やられた。お前は逃げろ」
 言われて、林の中に逃げ込む。
 慌てて、走り出し、「ヤンも……」と呟き、振り返った途端、ヤンが騎士の剣に刺しぬかれるのが見えた。
 悲鳴を上げながら、走り出す。
 もう必死だった。
 藪を突きぬけ、石を飛び越え、ただ走った。

 やがて、柔らかな何かに足を取られて地面に倒れた。

 鼻腔を、濃密な血の匂いが襲う。
 はっと顔を起こし、見回すと、周辺は死体だらけだ。見れば、ばらばらに引き裂かれた真紅の鎧が転がっている。踏み荒らされた薪の跡。
 そう、ここは最初に襲われた場所だ。
 足を取られたのは、誰かの死体だ。もう誰かは分からないが、あの御貸し武具はグリスン谷にあったミネアス様のもの。谷の仲間だ。
 立ち上がり、顔を見ようとしてためらう。

(弱い者、弱い者)

 雪狼の声が響いた。

(汝は獣の王。ここで死せば、谷は滅びよう)

 周囲にはまだ濃密な霧が漂っている。水魔の気配はないが、いずれ戻ってきてもおかしくはない。
 逃げなければ。
 しかし、ウィリスの足はもう震えて動かない。
 いや、どこへ行けばいいのかも分からない。

(我らの名を呼べ。我が姫君の名を呼べ)

 雪狼がささやく。

(されば、この地は我らが領土となろう)

 言葉の意味は分からなかった。
 ただ、生きたかった。
 ダーシュの仇とか、ヤンの復讐とか、そんな思いさえなかった。
 ただ、殺されるのが怖かった。
 ウィリスは祈った。雪狼へ祈り、雪狼の姫ネージャの名前を呼んだ。

 やがて、雪が舞い、ウィリスは雪狼の遠吠えを聞いた。

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反乱編第五話。
タイトル通りということで。
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