永遠の冬15:殺戮
我が声に答えよ。
我が絶望に答えよ。
カルシアスの敗北、ゾークの死とともに、兵たちは崩壊した。
生き残っていた赤揃えの兵が斧槍を振り回したが、水魔たちが群がり、赤揃えの鎧はもはや見えなくなった。
「逃げるぞ!」
青白い騎士が走り抜けた時から倒れたままのウィリスだったが、ダーシュに腕を引かれ、慌てて立ち上がる。息を荒くしながら、青白い騎士に背を向け、ダーシュとウィリスは街道とおぼしき方角へ向かって走り出した。
水魔の吐いた霧がねっとりと足に絡む。
林の木々の根っこがまるで生きているかのように、ウィリスのつま先に当たり、たびたび、体勢を崩させる。ひっくり返ったら、終わりだ。ウィリスは必死にダーシュの背中を追った。いつの間にか、剣は投げ捨てていた。空になった腰の鞘さえ邪魔だ。
背後から蹄の音とともに、じっとりした湿気が押し寄せてきた。
「ダーシュ!」
ウィリスは叫んだ途端、木の根につまづいてひっくり返った。
(右)
雪狼の声に反応して、横に転がると、今、倒れた木の根を青白い蹄が踏み破って、通過していく。一緒に振られた剣の刃がウィリスの顔の上を抜け、そのまま走るダーシュの首へと叩き込まれる。
丸い物が飛び、ずいぶん背の小さくなったダーシュは数歩走って林の木にぶつかり、倒れた。
「ダーシュ、ダーシュ、ダーシュ」
ウィリスは呟きながら、立ち上がる。
青白い騎士は、怪物のような青い軍馬の馬首をめぐらせる。
ただ、無言で剣を持ち上げると、ぱんっと手綱を入れた。
青い軍馬が、谷川の流れのような青い風となってウィリスに迫る。
死ぬ?
あの剣が僕を殺す?
不思議と実感は湧かなかった。ダーシュの首が飛ばされた瞬間に、ウィリスの頭はよく動かなかった。
「うらああああ」
水の騎士の剣が振り下ろされる直前、ウィリスの前に、大柄な姿が飛び出した。赤い斧槍が突き出され、騎士の剣を受け流す。
「馬鹿、ウィリス、逃げろ」
水車小屋のヤンだ。
その姿はすでに赤と青の血にまみれていた。水魔の血とおそらくヤン自身の血だ。
ヤンは片手でウィリスを押しやる。
「みんな、やられた。お前は逃げろ」
言われて、林の中に逃げ込む。
慌てて、走り出し、「ヤンも……」と呟き、振り返った途端、ヤンが騎士の剣に刺しぬかれるのが見えた。
悲鳴を上げながら、走り出す。
もう必死だった。
藪を突きぬけ、石を飛び越え、ただ走った。
やがて、柔らかな何かに足を取られて地面に倒れた。
鼻腔を、濃密な血の匂いが襲う。
はっと顔を起こし、見回すと、周辺は死体だらけだ。見れば、ばらばらに引き裂かれた真紅の鎧が転がっている。踏み荒らされた薪の跡。
そう、ここは最初に襲われた場所だ。
足を取られたのは、誰かの死体だ。もう誰かは分からないが、あの御貸し武具はグリスン谷にあったミネアス様のもの。谷の仲間だ。
立ち上がり、顔を見ようとしてためらう。
(弱い者、弱い者)
雪狼の声が響いた。
(汝は獣の王。ここで死せば、谷は滅びよう)
周囲にはまだ濃密な霧が漂っている。水魔の気配はないが、いずれ戻ってきてもおかしくはない。
逃げなければ。
しかし、ウィリスの足はもう震えて動かない。
いや、どこへ行けばいいのかも分からない。
(我らの名を呼べ。我が姫君の名を呼べ)
雪狼がささやく。
(されば、この地は我らが領土となろう)
言葉の意味は分からなかった。
ただ、生きたかった。
ダーシュの仇とか、ヤンの復讐とか、そんな思いさえなかった。
ただ、殺されるのが怖かった。
ウィリスは祈った。雪狼へ祈り、雪狼の姫ネージャの名前を呼んだ。
やがて、雪が舞い、ウィリスは雪狼の遠吠えを聞いた。
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反乱編第五話。
タイトル通りということで。
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