永遠の冬17:雪野原
雪が舞う。
春の空に白く、白く。
雪狼の雄叫びが上がる。
もはや山は冬の領地。
さくさく。
夜明けとともに、狼煙台に上るメイアの靴の下で霜が砕けた。
息が白い。
夜明けの光に茜色に染まる峰の上にかかる空は澄んで高い。
ひょおおお、ひょおおお。
風が木々を揺らす。
風の音を追いかけるように、凍えるような風が通り過ぎる。
外套が不意の強風をはらんで、斜面を進む少女の体を持ち上げようとする。
必死で地面に這い蹲り、あたりの木にしがみつく。
ひょおおお、ひょおおお。
風の声はまるで雪狼の遠吠えのよう。
遥か西の峰から響いてくる。
風見山の方角だ。
「ウィリス」
少女は一言、呟いた。
お迎え役の少年は戦いの装束をまとい、旅立っていった。
*
「風見山のあたりがずいぶん白いぞ」
狼煙台につめていたカディの爺がそう言った。
指差す先、西の峰は真っ白に雪化粧している。
そして、その麓、尾根道に近いあたりは乳のようなねっとりとした霧に覆われている。
まるで雪雲そのものが舞い降りてきたかのような濃い霧だ。
「ゼルダ婆に伝えてくれ。雪狼が戻ってきておると」
*
「やはりそうかのぉ」
婆はメイアの話を聞いてうなづいた。
「冬の扉が開かれ申したか」
*
「どういうことじゃ、婆よ」
婆に呼び出された村長が聞き返した。
「ウィリスが危機に陥ったのじゃよ」と婆が答える。
「あれは歴代のお迎え役の中でも、特に、ネージャ様の寵愛を受けたるもの。
おそらく、雪狼が助けに向かったのじゃ」
「雪狼が戻ってきたのはそのせいか?
しかし、春からこの寒さでは谷はたまらぬぞ」
「わしがお迎えに行く。
ウィリスが救われねば、あの雪雲は去らぬ。
メイア、一緒にきておくれ」
*
風見山に至る街道はもはや雪に覆われていた。
婆はメイアと、牛飼いの息子タグに荷物を背負わせて、この雪道を進んだ。
白いものが混じる冷たい風が吹きぬけ、雪狼の遠吠えが轟いた。
それでも、ゼルダ婆は足を止めない。
「雪狼どもが案内をしよるわ。急げ、急げと」
*
風見山の麓に近いあたりで、婆は雪狼の声に呼ばれ、道を外れた。
まばらに木の生えたくぼ地へと向かう。
「この先じゃ」
綿のような雪が深く積もり、木々には凍りかけた雪がびっしりと張り付いている。
1歩踏み込むごとに、寒さがつのる。
くぼ地を巡る木々の影には、透き通った雪狼たちの姿が舞っている。
そして、今やはっきりと見える一匹の雪狼が婆を先導していた。
「ば、婆、おれ、今、何か踏んだ」
雪の中に腰まで浸かりながら、牛飼いのタグが言った。
「ガチャガチャ言った」
雪の下に埋もれた何か金属の塊。
「おそらく、兵士の鎧じゃろう」
婆が答える。
「ここで、カルシアス様のご一行は戦いになったのじゃな。
このくぼ地で休まれていたおりであろう。
おそらく雪の降り出した前の晩じゃ」
「じゃあ、この雪の下には……」
タグはさらに顔を青くした。
婆がうなづき返す。
「ウィリスは!?」
と、メイアが問いかける。
「あれはおそらくこの先じゃ。
雪狼が急げと言うておるからのぉ」
やがて、くぼ地の奥に達した。
そこは今も身を切るような寒風が吹き荒れ、雪が舞い続けていた。
目を開けることもできぬほど。
「姫様! 先代ゼルダが参り申した!」
婆は雪の上に平伏して、そう叫んだ。
「お迎え役をお助けいただき、ありがたきこと。
これよりは、我らがその者の世話をいたしましょうぞ」
さっと雪が晴れた。
くぼ地の中央、雪野原の中央に、毛皮の帽子と外套に包まれた大柄な女性の姿が蹲っていた。
雪狼の姫ネージャである。
「大儀であった」
神々しい声が響き、外套がさっと払われると、そこから眠ったような少年の姿が現れた。
「ウィリス!」
とメイアが叫ぶ。
「ゼルダよ、娘よ、では、我らが王をよろしく頼むぞ」
----------------------------------------------------------
とりあえず再開。
第二章の終わりのようにも見えますが、一応、第三章の始まり。
第16回がまとまりすぎて、少し間があいてしまいました。
風邪が治らない状態で、冬の寒さを書いていますよ。
年内多忙のため、おそらく、次は来週かと。
----------------------------------------------------------
« 日々雑記:清盛が歩く | Main | イベント予定 »
The comments to this entry are closed.
Comments