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December 29, 2005

永遠の冬19:言葉

 言葉が見つからなくても届けねばならない言葉がある。
 それがさだめだから。

 最初に感じたのは懐かしい匂いだった。
 ここ何年か、ずっとかぎ続けた薬草を煮る匂い。

 ああ、これは白銀草、煮出した汁を煎じ詰め、油となじませれた軟膏は……。

 ぼんやりした頭でそんなやくたいもないことを考えながら、うっすらと目を開けると、目の前にメイアがいた。
「ウィリス!」
 少女は叫んだ。その目には涙がたまっていた。
(どうしたんだい? 誰かにいじめられたのかい?)
 ウィリスはそう言おうとして、声が出なかった。
「無理をするな」
 メイアの肩越しに、婆の声が聞こえた。
「ネージャ様の加護があったからとはいえ、まる一日、雪に埋もれておったのじゃからな」

 雪?
 ネージャ様?

 ウィリスは分からなかった。
 いや、それよりも自分はなぜ、横になっていたのだろう?
 確か、僕は……。

 その瞬間、すべてが思い出された。

 鎧を着た真紅の人影が、馬上から弾き飛ばされ、宙を飛ぶ。そのまま、木の幹にたたきつけられ、複雑な金属音を立てる。まるで、濡れ雑巾のように、赤い血の跡を引いて、そのまま崩れ落ちる。

「馬鹿、ウィリス、逃げろ」
 水車小屋のヤンだ。
 その姿はすでに赤と青の血にまみれていた。水魔の血とおそらくヤン自身の血だ。
 ヤンは片手でウィリスを押しやる。
「みんな、やられた。お前は逃げろ」
 言われて、林の中に逃げ込む。
 慌てて、走り出し、「ヤンも……」と呟き、振り返った途端、ヤンが騎士の剣に刺しぬかれるのが見えた。

 振られた剣の刃がウィリスの顔の上を抜け、隣を走るダーシュの首へと叩き込まれる。丸い物が飛び、ずいぶん背の小さくなったダーシュは数歩走って林の木にぶつかり、倒れた。

「ダーシュ、ダーシュ、ダーシュ」

 ウィリスは叫んだ。

「みんなあああああああ」

 ウィリスの意識はそこで再び途切れた。

     *

「みんな、死んだ」
 ウィリスはやっと言葉を絞り出した。
「分かっている」
 ゼルダ婆が答える。
 あれからすでに四日が経っていた。
 あのあと、村の衆がもう一度、風見山の麓へ向かった。雪の下から仲間の死体を掘り出し、すでに埋葬した。カルシアスさまの遺体は村長自身が馬車で砂の川原へ運んでいった。
 遺体の様子から、戦いのひどい様子は見て取れた。
 カルシアス隊そのものが全滅していた。
 生き残りはウィリスだけだ。
 死体の多くは水魔のおぞましい鉤爪に引き裂かれ、また、水の騎士の槍に貫かれ、剣で断ち切られていた。水の騎士や水魔は粉々に砕け散っていた。
「ひどい戦いじゃったな」
 婆の言葉に、ウィリスは激しい嗚咽で答えた。

    *

 何か話そうとすると、涙が出てくる。
 嗚咽が止まらなかった。
 そのたびに、母やメイアが抱きしめてくれた。
 それでも、それでも、あの日のことをきちんと言葉に出来ない。
 話そうとするたびに、何かこみ上げてきて、ウィリスは何も言えなくなってしまった。

    *

 七日が立ち、村長とともに、最初に徴兵された5名が戻ってきた。
 ジードが姿を見せると、ウィリスはまた言葉を紡げないまま、泣いた。
 父はしっかりと息子の体を抱き上げた。
 何も言わず、外に出た。

 すでに春の日は暖かかった。
 鳥が鳴いていた。
 風は優しく、木の葉をそよがせた。
 遠くで、牛が鳴いた。
 水車小屋の回る規則的な音が響く。
 遠くで、子供の声が聞こえた。

 やがて、そっと畑の端に、ウィリスは下された。

 ゆるやかな丘一面に、青々とした小麦の葉が揺らめいていた。
 その向こうには芋畑やとうきび畑。
 さらに、向こうにはゆるやかな川面が見える。

「戻って……きたんだね」
 ウィリスはそう呟いた。
 ジードはうなずく。
「ああ、俺もお前も帰ってきたんだよ」

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第三章第三話。
年内の『永遠の冬』はおそらくこれが最後。次は年明けかな。
短めですが、第三章はこれで終わります。
次は11歳の夏。
グレイドル編の予定ですが、はてさて。

Blog自体は年内にもう一度更新したいところです。
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