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January 15, 2006

永遠の冬21:感謝

 緑なす谷。心地よい風。
 これこそが我が故郷。

 ウィリス11歳の夏は、ゆっくりと始まった。
 去年から予定していた通り、ウィリスは婆とともに、バッスルの都グレイドルへ向かうことになった。そこには、冬翼様に近しい神、《冬の統領ル・ウール》様の大社がある。《冬の祠》という。そこで、さらに冬翼様について学ぶのが、今回の目的である。

 最初に、ゼルダ婆がそれを言い出したのは春の終わりだった。
 風見山の一件から一月ほどが経ち、すでにウィリスは元気を取り戻していたが、大事を取ってゼルダ婆はもう一月ほど出立を延ばし、しばらく、尾根の狼煙台と往復するようにいった。
 最初は尾根を上がる途中で息が切れた。
 坂の途中でへたり込んでいると、メイアが上がってきた。
「婆が見て来いって言ったのよ」
 メイアは笑いながら、汁気のたっぷりした果実を差し出した。茜色の皮をむいて、少し酸っぱい汁と身をすする。ほんのりした甘みとすっぱさが口一杯に広がった。
「おいしいね」
 メイアの言葉にうなづき、ウィリスは立ち上がった。
「行こう、狼煙台で少し練習があるんだ」

 風にウィリスの歌が響く。
 冬翼様へ捧げる祝詞に節をつけたものだ。
 狼煙台の脇にある、ちょっとした広場でウィリスは、祝詞を謡いながら、舞う。

「ありがとう、と言ってなかったような気がするんだ」
 ウィリスはメイアを振り返る。
「ありがとう?」
 狼煙台の隅に腰掛けて、舞いを見ていたメイアは小首を傾げる。
「誰に? ウィリス」
「君に、だよ」とウィリス。
「あのとき、迎えに来てくれてありがとう」
「ううん」
 メイアは軽く首を振って、狼煙台から地面に飛び降りる。
「私も婆も気づいただけ。
 あなたを助けたのは彼ら」
 両手を上に向けて見上げる。
 その上空、風の中にはいつも間にか、半透明の雪狼が舞うように飛び交っていた。
「あなたの舞いと歌が届いたのね。
 あなたのありがとう、が」
「うん」
 ウィリスはうなづく。
 そして、舞いをやめて、メイアのほうに1歩踏み出す。
「雪狼にも、ネージャ様にも、感謝している。
 ありがとう、雪狼たち。
 ありがとうございます、ネージャ様」
 もう1歩。
「でもね、メイア。
 僕は、君に言いたいんだよ。ありがとうってね」
「ウィリス」
 メイアは少年の顔を見つめた。
 いつの間にか、少しだけしっかりしたような気がする。彼の父ジードに似てきたかもしれない。
 ウィリスは正面からメイアを見つめた。
「ありがとう」

 狼煙台からは、グリスン谷が見下ろせる。
 細い谷川に沿って広がる小さな谷だ。
 丘の上に広がる畑。林檎林や小さな牧場、川にかかる水車小屋。

「また、修行の旅に出るの?」
「うん、今度は少し長くなる」
「どのくらい?」
「たぶん秋の半ばまで。
 婆は冬翼様のお迎えまでには戻れと」
「寂しいね」
「寂しいね」
「……」

 夏のはじめ、ウィリスはグレイドルへ旅立った。

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第四章グレイドル編第一話。
出発の話を書こうと思ったら、別な場面が降ってきてしまった。
まだグリスン谷ですが、次は旅の途中の話を。
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