すれ違い通信
「すれ違い、すれ違い」
10歳になる息子は冬枯れの公園をそう言いながら走っていく。
冬の早い日はもはや落ちかかり、残念ながら、すれ違うのは犬を連れた大人ばかり。
小さな丘を越えた先に行ってしまう息子を追いかけて公園の中に踏み込んだら、背後から父と呼ぶ声がする。振り返ると、どこから回ったのか、公園の入り口で妻と息子が並んでいる。
「どうだ、すれ違えたか?」
近づきながら、問いかけると、
「ダメ」と、息子がDSを出す。
今、息子はニンテンドーDSで「ポケットモンスター 青の救助隊」を遊んでいる。「トルネコの冒険」や「風来のシレン」のポケモン版と言えば、分かりやすかろうが、新しいハードであるDS版には色々工夫がある。すれ違い通信はその機能の一つで、電源を入れたまま、持ち歩いていると、同様にしている子供とすれ違い様に無線LAN機能が起動して、お互いにデータ交換をする。その結果、なにやら素晴らしいアイテムが手に入るらしく、遠出の際にはいつもDSを持っている。
初詣もこの調子だ。
自転車で走り過ぎる距離が長いほど、何かとすれ違う可能性が高いから、プレイする暇もなさそうなDSをわざわざ持ってくる。
息子は小4であるが、「青の救助隊」でインターネットにまた親しむようになった。
公式サイトに行くと、ゲーム・タイトル通り、救助依頼の掲示板がある。ゲーム中、ダンジョンの奥で全滅したら、ここで救助依頼を出すことができる。救助依頼は昔懐かしいパスワードを打ち込む。この掲示板を見た人はそのパスワードを打ち込むと、自分の「青の救助隊」でその人を救助するシナリオが遊べるようになる。救ったら、救助後に出るパスワードを掲示板に打ち込む。救助された人はそれを入力すれば、助けられた状態からアイテムまで改宗されて、ゲームの続きができる。
ずいぶん手間のかかるものであるが、こうして助けたり、助けられたりの関係が息子にはずいぶん面白いらしい。今度は僕が助けるぞとか言っているが、どうも、助けられてばかりである。
「こんな寂しい公園ではすれ違おうにも子供がいないじゃない」と、妻は指摘する。
「本当にすれ違いたければ、新宿か渋谷にでもお行きなさい。それとも、東京駅のポケモン・センターか」
(あるいは、秋葉原か)という言葉を私は飲み込んだ。
あの辺でどんなキャラクターがすれ違っているやらと思った。
ふと、DSにまつわるひとつの話が思い出された。
私は、執筆の傍ら、ゲーム学校で非常勤講師をしているのだが、その生徒のひとりが語った話がある。
一昨年の年末、DSが売り出された直後のコミケでの話だ。開場前の行列の中で、その男はDSのピクト・チャットを起動した。手書き文字を使った無線LANシステムで、お絵かきチャットができるというものである。
おそらく誰かがつながっているだろうと思い、一言書いた。
「ざわっ」
『賭博黙示録カイジ』で使われる緊張感の表現である。これまたマニアックなネタとも言えるが、そこはコミケである。通じるのだ。たちまち、手書きの文字が画面に現れた。
「ざわっ」
どこかの誰かが同様に、ピクト・チャットを起動していたのだ。
そして、さらに別の文字が現れる。これもまた。
「ざわっ」
さらに、手書き文字が次々と現れた。
「ざわっ」
「ざわっ」
「ざわっ」
木霊のように連なる様はまさに『カイジ』の一場面であるかのようであったという。
思い立った私は息子の手からDSを受け取り、ピクト・チャットを起動する。
さて、答える人はいるだろうか?
「いあ! いあ!」
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最後の3行をのぞき、ほぼ実話である。
冬枯れの公園を「すれ違い、すれ違い」と口ずさみながら走る息子の姿に、ハイテクを感じた。
何か書いておきたかった。
いずれ短い小説にでもしたい風情である。
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