永遠の冬22:弔いの声
僕は見える。彼らを。
ウィリス11歳の夏。
グリスン谷を旅立った婆とウィリスは、砂の川原に至り、ミネアス様の館に立ち寄った。グレイドルへの修行の旅に出るための挨拶である。
「グリスン谷の祭祀介添え役、ゼルダ。
当代お迎え役ウィリスの修行付き添いにて、王都グレイドルへ向かいまする」
婆が口上を述べる。
村の守護神、雪狼の姫ネージャのお墨付きを得たウィリスはすでに、当代のお迎え役である。先代のゼルダはその後見人たる祭祀介添え役となっている。
「お役目ご苦労。
砂の川原代官、ミネアスの名において、グリスン谷御当代を歓迎する」
ミネアスはいかめしい顔でそう答えた後、やや青ざめた顔で微笑んだ。
「館の一室を用意したゆえ、くつろぐがよい。
それから、風見山の一件では息子が世話になった」
風見山の麓で水の騎士によって殺されたカルシアスは、ミネアス様のご嫡男である。
「ウィリス。幼少の身で苦労したな。
もし、良ければ、息子の末期のこと、語ってはくれぬか?」
そこで、ミネアス様は横に控える奥方とご家族に目を向けた。
上品な奥方は、もはや30を越えられておられるであろうか、その横にはカルシアスさまによく似られた若き騎士が2名と御令嬢が付き添っておられる。若き騎士は二人とも成人されておられたが、おそらく18歳にもなっておられぬだろう。ご令嬢はウィリスと変わらぬ年である。そして、周囲にはカルシアスさまが率いていたのと同じ赤揃えの兵士たちが集っていた。ゾークたちの同僚であろう。
「さあ、ウェリス」と婆はうながした。
二人とも、このことは予期していた。
ジードが戻り、ウィリスが言葉を取り戻した数日後、婆はウィリスに言った。
「生き残った者には義務がある。
死者のことを家族に伝えるのだ」
そこでじっとウィリスの目を見た。
「幼いお前には酷なことかも知れぬ。
だが、お前は御当代であり、ネージャ様の御加護で生き残った。
その感謝を形にするのだ。
お前が語る言葉で、死者の魂は弔われる」
最初に、婆の薬草小屋を訪れたのは、ダーシュの母親エナだった。
息子の死に様を聞きたいと言って涙を流した。
「僕はダーシュの横にいました」
ウィリスはゆっくりと言った。
水の騎士と水魔の襲撃を話した。話しながら、ダーシュが水の騎士に殺された瞬間を思い出して声が詰まった。エナは涙に咽びながら、ウィリスの体を抱いた。
「ありがとう、ありがとう」
エナは繰り返した。
泣きながら、嗚咽を漏らしながら。
エナが帰った後、ウィリスは婆を振り返った。
「見えました」
婆がうなずいた。
「あそこに」
指差すのは薬草小屋の隅。
ウィリスとエナが泣きながら、ダーシュの話をしている間中、小屋の隅、暗く光の届かぬあたりにずっとひとつの影が座っていた。
悪しきものではない。
そう感じた。
その影がウィリスに色々な言葉を促した。
おぼろげであった出仕の軍行の様子が細かに思い出された。ダーシュがどんな様子で旅先で野営したか、初めての軍行で苦労したか、あるいは、カルシアス様と赤揃えたちがダーシュに剣を教えようとした様子。
エナが薬草小屋を去った時、影はもう消えていた。
「それがお前のお役目なのじゃよ」
数日後、水車小屋のヤンの妻キアラがやってきた。残された6歳の息子がついてきた。
彼らもまた、一家の主の死を聞きたがった。
「ヤンは僕を助けてくれた」
ウィリスの言葉にキアラは泣いた。息子は涙目でじっと母親とウィリスを見つめていた。
ヤンの死に触れた時、ウィリスも声に詰まった。キアラもまた、ウィリスを抱きしめた。息子も一緒に抱いた。
それから、何度か日を置いて、村人たちがウィリスを見舞い、死んだ息子や父、兄弟の話を聞いていった。百人ばかりの小さな村だ。村人の半分以上が死んだ者の血族である。
彼らが訪れるたびに、薬草小屋の隅に影が集い、物語が終わるたびに消えていった。
「それは風見山の麓でありました」
ミネアス様の前で、ウィリスはとつとつと話を始めた。
部屋の隅に集った影がひとつひとつ消えていくのには、夜遅くまでかかった。
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一月近く、合間があいてしまいました。
まだ修羅場進行中なのですが、だからこそ、心に引っかかるものを一つずつ一つずつ解決していきます。
グレイドル編へ行きたいのですが、さてさて。
次は来週になってしまう予定。
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