永遠の冬22:ヴェイルゲン
崇めよ、冬の風を。
讃えよ、果て無き眠りを。
砂の川原から、バッスル侯国の首都グレイドルへ向かうには三つの尾根を越えなければならない。徒歩では半月近い行程である。
一つ目の尾根を越えた先は、グリスン谷と変わらぬ小さな村しかない山間の土地だった。砂の川原へ続く分だけ、道行きは盛んで、一日に2、3度、騎馬の商隊とすれ違った。それぞれの村は砂の川原と同じく、プラージュの神々を崇め、グリスン谷の《冬翼様》とは類縁にあったので、夜は村の祠に泊めてもらった。
「こちらが、当代お迎え役でござるか?」
いずれの村でも、司祭がウィリスと婆を丁寧に迎えてくれた。
わずか11歳の少年を下にもおかぬ歓待であった。
「お迎え役にして、獣の王たるウィリス殿。
御身の件はすでに我らプラージュの神殿には伝わっております」
砂の川原にあるプラージュの神殿によった際も、神殿長がそう言った。
「あの日、雪狼たちが伝えてきた。
獣の王が生まれ、風見山は永遠の冬の領土となったと」
神殿長はウィリスの前に跪いた。
「神殿長、辞めて下さい」
ウィリスはかつての恩師に駆け寄ろうとして、婆に止められた。
「これが汝の定めじゃ、ウィリス」
それから、婆は神殿長に向かい、膝を屈する。
「歓迎痛み入ります。
我ら、これより『冬の祠』にて修行を致しますが、当代はまだ若年の身、よろしくお願いいたします」
雪狼たちの言葉はプラージュの社を司る司祭たちに伝えられていた。
彼らは歓待をしつつも、心配げに問いかける。
「永遠の冬とはいかなるものでありましょうや?」
しかし、いまだ、ウィリスに答えはない。
確かに、風見山は夏に至る今も雪に覆われた冬の山になった。それは雪狼の姫ネージャの領地になったのであるからしかたないことである。冬の魔が住まう場所はそうなるものだ。バッスルの北、アヴァターの高き砦にも冬の力が封じられ、夏でも解けぬ雪原が広がると言う。
二つ目の尾根を越えるとずいぶん雰囲気が変わってきた。
広い谷が広がり、その中央には街道を押さえるように城壁を持つ街があった。高い塔の上には弓兵が立ち、旗が翻っていた。バッスルの宝玉の旗に加え、龍の旗が翻る。
ヴェイルゲンである。
「ここからは、ネージャ様の地ではない。プラージュの地でもない。
冬の頭領ル・ウールと、ライエルの地だ」
ル・ウールはバッスル本国で崇拝される冬の神である。《冬翼様》の社では、ネージャ様の叔父御となっているが、血縁はないとも言う。それでも、《冬翼様》とはご縁があり、代々の当代はバッスルの都グレイドルで、仕上げの修行を行うことになっている。ライエルは田畑の神々で、狩人や杣の少ないあたりで信じられているという。
城に近づいていくと、開かれていた城門から、異様な影が二つ飛び出した。
馬ではない。
馬よりもさらに大きい。
鱗に包まれ、巨大な顎を持った銀と灰色の巨大なトカゲといえなくもないそれは2本足で立ち、まるで鶏か何かのような感じで素早く走ってきた。
「婆!」
ウィリスは思わず、婆にすがった。
「ヴェイルゲンの龍騎士じゃ」
ウィリスも話だけは聞いたことがある。ヴェイルゲンには遥か南方、龍の都スイネから、やってきた小型の龍に乗る騎士たちがいるという。バッスル西方を守る軍事拠点である。先日の騒ぎで出仕した父ジードはここに通じる二つ目の尾根まで来たそうだが、ヴェイルゲンの谷には入らなかったという。
確かにその背中には銀の鎧をまとった騎士が乗っている。槍を片手に、もう片方で巧みに龍を操っている。龍の鱗は灰色で、そこに銀飾りのついた皮の装具が着けられている。龍の頭部に見える赤い羽根ははみについた羽飾りだ。
龍に乗った騎士たちは、ウィリスらの1歩手前で止まり、槍の石突きで街道をカチンと打った。
「グリスン谷のお迎え役ウィリス殿と、介添え役ゼルダ殿であられるな」
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グレイドル編……というか、その途中その2。
ロクド山中の治安維持をする龍騎士ヴェイルゲン騎士団登場。
次回もヴェイルゲンにて。
来週の予定。
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