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March 19, 2006

永遠の冬23:黒と白

 理性とは、論理ではない。
 最適を求める本能である。

「グリスン谷のお迎え役ウィリス殿と、介添え役ゼルダ殿であられるな」
 ヴェイルゲンの龍騎士は、面頬を上げ、荒々しい微笑みを見せた。
「我が主がお待ちです」

 龍に付き添われて歩くというのは不思議なものである。
 騎龍は、巨大なトカゲのように見えて、犬に似た獣臭がする。
 肉を喰らうのであろうか?
 人の倍はありそうな頭の大部分が突き出した巨大な顎だ。
 そこには尖った牙が列をなしている。
 胸から伸びる腕は、その体と比べると、とても小さなものだが、その鉤爪は鋭い短剣のようだ。
 ふぅふぅという熱い息は、これが野獣であることを、ウィリスに突きつける。
 先ほど、一瞬、開いた様子から言って、それが暴れだしたら、ウィリスの頭など一かじりであろう。

(怖いか?)

 ウィリスの頭上で北風がささやいた。
 雪狼だ。

(弱ければ、食われる)

 雪狼の心は単純だ。
 弱い者が食われ、強い者が食う。
 だから、強くあらねばいけない。
 衰えた者が死に、若く強い者にその場所を譲る。
 若い者も、弱い者、運の無い者から脱落していく。

(殺すか?)

 そして、雪狼はウィリスを守るため、すべての敵を排除する。
 なぜならば、今や、ウィリスは獣の王なのだから。

「大丈夫」
 ウィリスは自分に言い聞かすように呟いた。
 強くあらねばならない、と、婆に言われた。
「お前の声は、姫様に届く。
 泣けば、姫様は心配しよう。
 本当に必要な時まで、怖れる声を上げてはならない」
 婆の言葉を守り、ウィリスは怖い気持ちを抑えた。

 少しおちついて見ると、騎龍は美しい生き物であった。よく磨かれた緑と茶の鱗は、虹色に光り、巨大な目玉も水晶のようである。尾は太く、うねるように後方にたなびく。地面には落ちない。それが妙に優雅にも見えた。

 龍騎士に先導され、城の内に入ると、そこはしっかりした石作りの壁が続く堅固な要塞である。ヴェイルゲンの作法なのか、それぞれの窓は小さく、また、鉄格子がしっかりと嵌められている。
 中央の城館の前で、龍騎士たちは石造りの厩に消え、衛兵たちが案内して、城館の中へと導かれた。
 着いたのは、広間である。
 奥の玉座には、この地の領主とおぼしき、壮年の貴族が座している。
「カイル・ヴェイルゲンである。
 この地を拝領し、ヴェイルゲン騎士団の団長を勤めておる。
 グリスン谷の当代お迎え役であるな?」
 男の声は鋭く、響き渡った。
「は、ウィリスにございます」
 ウィリスと婆はその場に伏せた。

「急がせて済まぬ。
 到着次第、お前の顔を見ねば、落ち着かぬと申す者がおってな」

 その声に応じて、横に控えていたローブ姿の男が二人立ち上がった。一人は、禿頭ながら、黒々とした髭を蓄えた男である。胸には、黒い剣のように見える襟留めが輝いている。おそらくは黒剣の星座の印。生命と始まりの秩序を司る。
 もう一人はさらに異様だ。
 髪も肌も唇さえも死人のように青白い上に、その目のあたりは木で作られた仮面に覆われている。仮面は横長の楕円形で、両目を結ぶあたりに、一本の細い筋が引かれている。その胸の襟飾りは、白銀の翼。あれは翼人の紋章だ。死という名を持つ、終わりの秩序を表す。

(魔道師)

 ウィリスはぞくっとした。
 婆から話だけは聞いていた。
 世界の中心で、魔法を学ぶ学校がある。魔道師学院である。世界の叡智を集めたその山の奥で長き研鑽を終えた者だけが魔道師の名を名乗ることができる。それはおそるべき力の使い手であるという。

「しかし」とゼルダ婆は、旅の途中で言った。「あれらはあまりにも遠い世界で戦っておる。我らとは違う生き物じゃ。グリスン谷のような小さな谷間のことなど、あれらには関わりはない。あれの敵は天地そのものなのじゃ」

 魔道師は、この世界の魔法と同じく、12とひとつの星座に属するという。禿頭の男はおそらく、生命を支配する黒剣の魔道師、仮面の男は死を司る翼人の魔道師であろう。
 二人は無言で、ウィリスの顔をじっと見た。
 ウィリスは背筋が凍った。

 冷たい視線。

 北風や雪とは違う冷たさがそこには宿っていた。
 禿頭の男の目には、人としての感情が欠けていた。まるで、魚か虫でも見るかのような視線だ。
 仮面の男は目こそ見えなかったが、その視線もまた別の冷たさが宿っていた。まるで、口から体の中に忍び込み、心臓を凍えさせてしまいそうな冷たさ。仮面をかけていてなお、この鋭さを持つというならば、仮面を取った瞳など、直視しただけで死んでしまいそうだ。
 冷たい視線はそのまま、ウィリスを貫き、その背後へと貫こうとする。

(殺すか?)

 雪狼の声がすぐ耳元で響いた。
 何か、答えようとした瞬間、婆がウィリスの前に出た。射るような視線が途切れた。

「お久しぶり、ディルス殿」と婆。
「当代はまだ11歳。修行中の身でございます」
「ああ、失礼」と禿頭の男が詫び、視線は消え去った。
「つい、おとなげのないことをしてしまった。
 さすが、グリスン谷の当代様である。
 優れた資質をお持ちだ」
 そこで、禿頭の男が微笑む。
「グリスン谷のお迎え役殿、失礼いたしました。
 我が名はディルス。黒き剣に仕える者。
 お会いできたことを感謝します」
 そして、仮面の男が静かに頭を下げる。

「バスカレイドです。学院より参りました」
 そこで、婆がぴくりとした。
「お久しぶりにございます、ゼルダ老師」

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ヴェイルゲン編第二回。
魔道師登場。
あえて、コメントは差し控えますが、『丘の上の貴婦人』もよろしく。
絶版ではありますが、Amazonではまだ入手できるようなので、
エントリーを横に置いておきます。
そろそろ、連載を定期に戻して行きたいと思っています。
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