永遠の冬24:バスカレイド
世の中に、真実など無い。
誰かが目撃しない限り、それは起こっていない。
しかし、我らは見る。
ウィリス11歳の夏。それはヴェイルゲン騎士団の城塞で試練の時を迎えていた。
ヴェイルゲン候の宮廷でウィリスと婆を迎えたのは、二人の魔道師。禿頭髭面の男は黒剣の魔道師ディルス、白色で仮面の男は翼人の魔道師バスカレイド。
仮面の男が静かに頭を下げる。
「バスカレイドです。学院より参りました」
そこで、婆がぴくりとした。
「お久しぶりにございます、ゼルダ老師」
「ラーン・カイル殿は御息災か?」と婆は堂々と答える。
ラーン・カイルは、《死の王》とも呼ばれる学院の大立者である。かつて、翼人座の塔の長であったが、今は引退し、北原の戦乱を収めるべく外交使節として活躍している。辺境の守護者とはいえ、バッスルとスイネの双方に通じるヴェイルゲン卿は、その名の重みを感じ取っていた。
むしろ、その会話を理解していなかったのは、ウィリス自身であった。
「は」とバスカレイドが膝を折る。
「辞めておくれ」と婆が歩み寄って、魔道師を立たせる。
「学院の魔道師が、田舎の司祭などに頭を下げるものではない」
「しかし」とバスカレイドが言う。「いえ、差し出がましいことでした」
その後、ヴェイルゲン卿は、風見山の一件に関して問いただしたが、その舌鋒ははなはだゆるやかなものであった。話の大半を婆がしても、ウィリスに話を振ることはなかった。
そして、最後に、ヴェイルゲン卿が仮面の魔道師に向かって聞いた。
「得心行かれたか?」
仮面の魔道師は無言でうなずいた。
一刻の後。
城内の一室に休息の場を与えられたウィリスと婆の前に、再び、黒と白の魔道師がいた。
「さて、どちらから、話を聞いたものかな?」
と、婆が言うと、禿頭のディルスが手を振って、バスカレイドを促す。
「学院の意向を、お先に」
「私は学院の使者ではございませぬ。ラーン・カイル師の命に従い、バッスルの安定を担当するのみ」
その言葉には虚飾も自負もない。
(まるで人形のようだ)
と、ウィリスは感じた。
ぞくぞくした。
この人は本当に、人だろうか?
「学院は風見山の一件を知っておりますが、15人委員会はこれを重視してはおりません。なぜならば」と、魔道師はウィリスを見る。その瞬間、視線がずいぶん優しくなったように感じた。
「彼らは、この少年が《獣の王》とは認めておりません」
ウィリスは驚いた。
いや、話の流れが分からなかった。
なぜ、《冬翼様》やネージャ様が選ばれたことに、魔道師学院が口を出し、認める、認めない、の話になるのだろうか?
「学院など関係ない」と婆。
それから、婆はウィリスを振り返った。
「お前にも、そろそろ話しておかねばならぬようじゃな。
《予言》のことを」
「予言?」
「9528年 白の風虎 獣の王、西に至り、冬を解き放つ」
と、バスカレイドが唱える。
「これが予言だ」
今年は9825年、青の海王。白の風虎とは3年後である。
「14の年」と婆が言う。「お前は西に向かい、冬を解き放つ。
それが予言だ。だが、いまだ、お前と予言の中の《獣の王》が同一であるかどうか定まってはおらぬ。他にも、《獣の王》と呼ばれるだろう男が何人も北原をさ迷っておる」
そこで、婆はディルスのほうを見る。
「その一人が俺だ」と、ディルスが微笑む。
「獣師、と言っても坊主には分かるまい。魔獣の創造者、怪物の王」
次の瞬間、4人の前に一匹の黒猫が現れた。
漆黒の黒猫。
ただ、その尾はふさふさした毛ではなく、おぞましい鱗に覆われた毒蛇であった。
「ディルス、格好をつけるな」と黒猫が嗄れ声で笑う。
「所詮は学院につかまった籠の鳥。この地で、龍の品種改良をするだけ」
そこで黒猫はウィリスのほうを向いた。猫の首がしゅるるると伸びていく。
ウィリスはわっと、後退した。
その様子を見て、くすくす笑いながら、黒猫の魔獣はディルスを振り返る。
「ああ、いい素材じゃないか?
これなら、ご主人様もお喜びになるな」
「その許可は出ない」と、バスカレイド。「おそらく永遠に」
「それで、ラーン・カイル殿の目論見は?」
婆の問いかけに対して、仮面の魔道師は微笑んだ。
「ウィリス殿がすこやかに修行期間を終え、一人前の《お迎え役》となられることを祈っております。《冬翼様》の心を安んじ、炎と氷の周期を崩されぬことを。
学院はすでに、東方と北原だけで十分に多忙ですから」
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魔道師の怪しい会話その1.
やっと、予言の話まで来た。
次回は来週。
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