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April 06, 2006

永遠の冬25:三人の魔道師

 声が聞こえる。闇の向こうから。

 ウィリス11歳の夏。それはヴェイルゲン騎士団の城塞で試練の時を迎えていた。
 ヴェイルゲン候の宮廷でウィリスと婆を迎えたのは、二人の魔道師。禿頭髭面の男は黒剣の魔道師にして魔獣製作者ディルス、白色で仮面の男は翼人の魔道師にして死の王ラーン・カイルの使い、バスカレイド。
 バスカレイドの話はまだ続く。

「何も求めぬ割には仰々しい出迎えではないか、バスカレイド」と婆。「バッスル侯国西方防衛の要たるヴェイルゲン城にて、二人の魔道師に迎えられたと言えば、ウィリスに注目する者もおろう。あのヴェイルゲン卿とて馬鹿ではあるまい」
「で、あれば、私も助かります」
 バスカレイドはそこで顔をディルスに向ける。
「獣師殿は、この構図、どう見られる?」

「天秤の平衡」

 ディルスは間を置かずに答えた。
 その答えに、婆は肩をすくめる。
「反対側には何が乗っておる?」
と、仮面の魔道師を振り返る。
「次なる時代が」
 バスカレイドはさらりと答える。
「大仰な話だな」と婆。

 しばらくして、婆はウィリスを振り返った。

「ウィリスよ、お前は非常に幸運じゃ。
 ここには世界の叡智を極めた魔道師学院の魔道師が二人もいる」と婆。
「三人では?」と、黒猫が言う。
「お前も数えて欲しいのか? もはや、人でもなかろうに」と婆。
「まったくだ」と、猫は婆の膝に飛び乗り、丸くなる。
「一人は、」と婆はバスカレイドを指差す。「世の理を極め、北原の各地を旅した学院の使徒。翼人ゆえ生命にも死にも通じておる。わしらが知らぬ世界を幾つも覗いている」
 バスカレイドは軽く会釈しただけで何も言わなかった。
「もう一人は、」と婆はディルスを指差す。「生命の理を突き詰めたゆえに、闇を知る者。この二人で分からぬことなどない」と婆。「何か聞きたいことがあったら、言ってみるとよい」

 ウィリスは一瞬、悩んだ後で、聞いた。

「冬はなぜ寒いの?」

 他にも聞きたいことがなかった訳ではない。さきほどから婆と二人の魔道師が交わしていた難しい会話の意味を聞きたかった。いや、黒猫の話、龍の話、あるいは、婆とバスカレイドの関係など聞きたいことはいくらでもあった。
 だが、それらは聞いてはいけないような気がした。
 婆が言わないことには意味がある。
 ウィリスにとって、まだ早いことはそう言って教えてくれないが、必要な時には婆が話してくれる。
 だから、直接、関係ないおぼろげな疑問を口にした。

「世界の根源に関する質問をするか?」とディルスが独り言のように漏らす。「ここは、バスカレイド殿、お得意の分野では?」

「魔道師学院においても、議論が残っている問題だ。学院における仮説はいくつかある」とバスカレイドが口を開く。「戦車座と風虎座の魔力の変動周期であるとか、我々の住む世界と、太陽の位置関係によって決まるというものだが、君ならば、もっと正しい答えを知っているはず」
「冬翼様?」とウィリス。
「かつて、星の神々は、魔族を封じるにあたり、いくつかの強き力の者を、世界そのものに封じた。君が《冬翼様》と呼ぶ存在はその一人である。《冬翼様》はこの世界の温度を調整するために、存在する。世界が燃え尽きぬように、世界が冷え過ぎぬように、空の道を旅するという。
 つまり、君の仕事は、世界にとってとても重要だということだ」

 会話はそこで途切れた。

 ゆるやかな沈黙の中、外では日が傾き、空はゆっくりと茜色に染まっていく。
「かつて」と、バスカレイドは言った。「あるお方が私に問われました。
 『何故、夕陽は赤いのか?』と。」
 ウィリスには仮面の魔道師がどうして、そのような話を始めたのか、分からなかった。少しだけ懐かしがるような優しさがその口調にはあった。
「私は、今と同様に、学院の仮説を説明しました。
 そうしたところ、彼はこう言われました。
 『さすがに、魔道師学院の回答は面白くないな』と」
 バスカレイドの口調は淡々としたものであったが、ディルスはかすかに笑い声をもらした。どうやら、彼には思い当たる場所があるようだ。
「それで、どう答えたのだ、貴殿は?」とディルス。
「私はこう答えました。
 『面白味のあるお答えが必要ならば、吟遊詩人にでもお聞きなされよ』と」
 淡々とした口調だった。

「それは、おぬしの記憶か?」と婆が聞いた。
「ええ」とバスカレイドは即答した。
「ならばよい」と婆。「それならば」

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魔道師の危険な会話その2.
多忙なので、短めに。
これでいいのか? 会話してないだろ、とか、まあ、さておき。
しかし、ダメなタイトルだな。
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