永遠の冬26:記憶の厚み
自分が誰であるかなど、どうやったら確認できるというのだ。
過ごした日々の厚み以外に、何がそれを証明してくれるというのか?
ウィリス11歳の夏。
ヴェイルゲン城で出迎えてくれた魔道師のひとり、仮面のバスカレイドは、婆から意味深な言葉を投げかけられた。
「それは、おぬしの記憶か?」と婆が聞いた。
「ええ」とバスカレイドは即答した。
「ならばよい」と婆。「それならば」
「記憶とは」とバスカレイドは返した。「とても曖昧なものです。
人間が把握している情報というのであれば、それは非常に広範囲のもので、しばしば恣意的に加工されます。我々魔道師は、幻視によって多くの情報を得ますので、私の記憶の中には、幻視を通して体験した他者の人生が混じっています。
それでも」
バスカレイドは微笑む。
「夕焼けについて、問われたのは私の記憶です」
婆は何も言わなかった。
やがて、夜になり、二人の魔道師は去っていった。
「あれは一体、どういう話だったのですか?」
ウィリスは婆に聞いた。昼間の魔道師たちとの会話についてのことだ。
「分かったか?」
「ううん、全然」
ウィリスには何も分からない。
「彼らの会話には真実など無い」と婆が言う。
「現れたことだけに意味がある」
ウィリスはますます、混乱した。
「お前は、これで魔道師たちを得体の知れない何かだと思うだろう。
魔道師の言葉に惑わされてはならない。
あれらの言葉には棘と毒が潜んでいる。
触れる時には気をつけることだ」
「分かった……婆」
ウィリスは不安だった。
そこで婆はウィリスをぎゅっと抱きしめた。
「魔道師は、人の心に罠を仕掛ける。
だが、お前がここまで育ってきたグリスン谷を忘れるな。
何かあったら、谷のことを思い出せ」
ウィリスの脳裏にグリスン谷の風景が浮かんだ。
父、母、婆、メイア……。
そして、空高く飛ぶ《冬翼様》。
ネージャ様と雪狼たち。
「言葉に惑わされそうになったら、風に耳を澄ますのだ。
お前には雪狼がついている。
焦って、走り出すな。
冬の力は常にお前の回りにある」
答えるように、窓の外で風がうなりを上げた。
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多忙のため、更新が遅れました。
魔道師との会話、終わり。
次回は木曜日前後に。
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