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April 21, 2006

永遠の冬28:辻馬車

 出会いは偶然。

 ウィリス11歳の夏。
 ヴェイルゲン城での滞在は一夜で終わった。騎士団長はあっさりと出立を許し、ウィリスと婆は翌朝、城を辞した。
 騎士団長はグレイドルまでの辻馬車を世話してくれた。

「わしらには足があるというに」
 婆はそう言いながらも、城下の馬車宿へと向かった。
「これも、政治ですよ」
 見送りについてきたバスカレイドがそう言う。
「学院と良好な関係あり、とあれば、便宜を図る者も現れます。
 あなたがたには全く関係ないところで恩恵が乗じる。
 それでよろしいではありませぬか?」
「関係ない場所で悪意も生じる」と婆が切り返す。
「おぬしがどこかで拾ってきた憎悪をこちらに向けられてはたまらぬ」
「波は遥か大海の対岸から寄せてくるもの。
 風は遥か彼方より吹き寄せるもの。
 波風を怨んでもしかたありませぬ」
 婆はもはや言い返しもしなかった。
「いずれにせよ、馬車はありがたい。
 この子は馬車で旅するのも初めてじゃ」
 ウィリスは辻馬車で旅するのは初めてだった。
「騎士団長閣下に礼を言っておいてくれ」

 辻馬車は宿屋の中庭に止まっていた。
6頭の馬をつないだ後ろに、大きな箱型の客席がつながれている。六つの車輪を備えた大型の客席だった。
「騎士団長のお客だ」
 バスカレイドの声に、車輪の様子を見ていた御者が両手を開いて迎えた。
「さあ、乗ってくれ。他の客ももう乗っている」
 客車は腰ほども高い。
 梯子を登るように入り込んだ客席は、向かい合わせの座席が設えられていて、すでに数名の客が詰め込まれていた。商人らしい夫婦、役人らしい二人の男、別に、若い男がひとり、そして、黒いローブに身を包んだ禿頭で髭面の男。
「ディルスではないか?」
 婆の声に、黒剣の魔道師は片手を上げて挨拶した。
 朝から姿を見ないと、思ったら、辻馬車に先回りしていたようだ。
「俺のような職業は色々荷物が多い。ゆえに今朝は失礼した」

 婆とウィリスがディルスの横に座り込むと、馬車はさっそく走り出した。

「紹介しておこう」とディルスが調子よく話し始める。「城下の商人ポンティ殿とその奥方サフィ殿。薬種問屋だ」
 ポンティは30がらみの太った男で、ずいぶんと景気がよさそうだった。ヴェイルゲン騎士団付きの魔道師として、城内では有名なディルスは、薬種問屋のポンティとはずいぶん親しい間柄のようだ。ポンティは、婆がグリスン谷の司祭格と知ると、会釈を返して来た。
「あのあたりはいい薬草が取れますなあ。いずれ、伺おうと思っておりました」
「10年ばかり前に」と婆。「お父上が一度、おいでになられましたな」
「おお、そうでしたか」
 妻のサフィは若く控えめで微笑み返してきただけだった。

「書記官のフェリクス氏と財務官のケイディ氏。侯国の各地を巡察しておられる」
 フェリクスは痩せて背が高く、ケイディは背が低く、猫背だった。
「グリスン谷は数年前にうかがいました」とフェリクス。
「よい谷ですね」とケイディ。
 二人とも人当たりのよさそうな笑顔を浮かべた。

「そして、ダナの丘のラゼ。ウィリスと同じく《冬の祠》で修行されるそうだ」
 若い男は緊張した面持ちで、深い礼を返してきた。
「グリスン谷に、獣の王が生まれたとのこと、聞き及んでおります。
 同乗できますことを感謝いたします」
 過剰に丁寧な挨拶であった。
 慇懃無礼という訳でなく、緊張したためであった。
「お気楽になされよ」と婆。
「当代のウィリスはまだ11歳と若輩者、修行中の身にございます。
 兄弟子として、ご指導いただければ幸いです」
「よろしくお願いします」とウィリス。
 しかし、ラゼの緊張は解けない。
「いや、しかし、ウィリス殿は……」
 司祭修行中の青年にとって、すでに、雪狼の姫から認められた少年は生き神にも等しいようだ。

「はあ、人間は大変だねえ」
 ディルスの懐から、黒猫が顔を出した。
 ラゼがびっくりし、サフィが口を覆う。二人の役人とポンティはすでに知っていたのか、驚いた様子はなかった。
「こら、シアン」
 ディルスが軽くたしなめるが、猫はそのまま、懐から飛び出して、婆の膝に飛び乗り、丸くなる。
「ああ、私はシアン。このディルスの使い魔ね」
 それから、猫はラゼのほうを見て笑った。
「ねんねのウィリスぐらいで驚いていちゃダメよ。
 あんただって、結構、才能ありそうじゃない?」

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 辻馬車編。
 スピードアップのはずが。
いつになったら、グレイドルにたどり着くやら。
 どうも番号ズレがあったようなので、今回は【28】回目。
 気づくと半年すぎていたかな。
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