永遠の冬30:冬の祠
我は待つ。汝の時が至るのを。
ウィリス11歳の夏。
グレイドルまでの辻馬車でさまざまな事柄を学んだウィリスは、マリュアッドを越えて、王都グレイドルに入った。辻馬車は、《冬の祠》に近い馬車宿で一行を下した。
「3日は、侯王様の城にいます。何かあれば、私らまで」
フェリクスとケイディ、二人の役人はそう言い残して、城へと向かっていった。
「私の店は大通りにあります」
ポンティ夫妻もそう言って、去っていった。
最後に残ったディルスは、黒猫の姿をした使い魔シアンを傍らに軽くお辞儀した。
「《獣の王》よ」シアンもまた同時に頭を下げる。
「いずれまた、お会いすることでしょう」
ウィリスは婆、ラゼとともに、《冬の祠》に入った。
《冬の祠》は、その名前ほど小さなものではない。バッスルの守護神となり、侯王からの寄進を受けた神殿は石造りの巨大な城門を有していた。
3名が名乗る間もなく、若く美しい三人の巫女が城門の内側で待っていた。
「雪狼の託宣がありましたゆえ」
三人のうち、もっとも背の高いアシャンは言った。
「《獣の王》が庇護者とともに入城するであろうと。
そして、伴うは、丘の守護者なりと」
アシャンの瞳がラゼに向く。
「ようやく、おいで下さいましたね、ラゼ殿」
「皆さんは何か勘違いをしております」とラゼが顔を赤らめる。「私はウィリス殿と同行したに過ぎません」
そうやって、1歩下がったラゼに代わり、婆が前に出る。
「グリスン谷の当代『お迎え役』ウィリスと、先代のゼルダにございます。当代の修行のため、お世話になります」
あわせて、ウィリスも頭を下げる。
「ようこそ、《冬の祠》へ。
《冬の巫女》アシャンにございます。
皆様のお世話は、こちらのキューゼとユーリアが努めます」
背後にいた二人の巫女を指す。キューゼはややふくよかな女性で、丸っこい顔は人懐こい雰囲気であった。ユーリアはずっと幼く、ウィリスとそれほど年が離れているようには見えなかった。おそらく、アシャンとキューゼが17、8、ユーリアは12、3であろう。
まず、姫巫女の筆頭であるエルナを訪ねた。
「《獣の王》よ」とエルナは呼びかけた。ウィリスの母より少し年上であろうか? おちついた雰囲気の女性であった。
「《冬の祠》は、盟友たる冬の翼のお迎え役を歓迎いたします。
この地の修行があなた様の道の礎となりますように」
それから、ラゼを振り返り、軽く会釈する。
「ご苦労をかけましたね」
「いえ、どうも。私は……」と、ラゼは居心地悪そうに答える。おそらく、ここまで持ち上げられるのは、普段ないことなのだろう。ウィリスも同様であった。
「まずは《祠》にて、誓願の儀を」
誓願の儀は、盟友の宗派の神殿に学ぶ際に行う、一時的入信の儀式である。
司祭、巫女として修行するということは秘儀に触れるということに他ならない。宗派の秘儀を尊重し、その秘密を守り、祭神に忠誠を誓う。それが誓願の儀である。
《冬の祠》はその名の通り、冬の神を祭った小さな祠から始まった。グレイドルの街の守護神となって、敷地が拡大してからも、最初の祠はその神殿の中央に残っている。
なぜならば……
「そこは常に冬だからです」
とアシャンが言う。
中庭を歩むうち、中央の小さな建物から冷たい風が漂ってくる。
すでに一行の手には、白い毛皮のコートがあった。
おそらく、祠の中ではそれをまとうことになる。
石造りの建物はまさに冷気に包まれていた。石壁の表面にはかすかに霜が降り、氷がそこここに氷柱をなしていた。
「石壁には不用意に触れられぬように。
霜焼けになりますゆえ」
とキューゼが言いながら、用意してきた手袋をウィリスに渡す。
「いえ」とウィリスは断った。
ウィリスにとって、この冷たさは身近なものであった。
(ようこそ、《獣の王》よ)
中庭に入った時から、聞きなれた雪狼の声が届いていた。
(待っていた)と声は言う。(お前が来る時を千年待った)
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グレイドル編その1.次回は「誓願の儀」。
これから、話がまた加速する予定。
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