永遠の冬【36】旅立ちの予感
引き寄せられる。
運命に。
ウィリス11歳の夏。 それは策謀の罠の中にあった。
隠し模様と、獣師ディルスは言った。
さらに何かがあるというのであろうか?
少年にはもはや想像もつかない。
「ここからは読み合いですが、それでは千日手になるばかり」
とディルスは言う。
「それに、一手一手を読み続ける人生など、ウィリス君の負担になるばかりです」
「それでどうしろと?」
と、ゼルダ婆が問いかける。
「簡単なことです」と獣師は微笑む。
「ウィリス君にはそのまま、修行をしてもらいましょう」
「あの二人はどうする?」と婆。
「誰かを止められる人がいますか?」とディルス。「魔道師学院でも札付きの性悪で有能な陰謀の権化ですよ。魂の半分はすでに魔族も同然ですからね」
もはや人ではないというのか?
「人畜を切り刻み、魔獣を生み出すおぬしでも駄目か」
ディルスは、獣師と呼ばれる異端の魔道師である。人間や獣の体を切り刻み、魔法でつなげて、魔獣に仕立て上げる。人間とは思えない所業ゆえに、魔道師学院からも追放された人物である。
「少々、手駒が不足で……」
そういう獣師の足元に奇妙な黒猫がまとわりつく。
「今は、こんな子猫ぐらいですから」
「ま、しかたないわね」と黒猫が愚痴る。名をシアンという。尾は蛇になっている。小さくても魔獣である。
「でも、ウィリスは大丈夫よ」
「根拠は?」と婆。
「ウィリスには《冬翼》さまの加護があるから」と黒猫。
「あらあら」と、姫巫女のエルナが言う。「その言葉を言うのは私の役目ですわね」
「失礼」と黒猫が、エルナにお辞儀してみせる。
不思議なものであったが、するりと場が明るくなった。 ウィリスも、不安がどこかへ消えていったように思った。
確かに、ウィリスには見守られているという実感がある。
《雪狼》は確かに、今もすぐ近くにいる。
ネージャ様の視線を感じる。
ル・ウール様も祠におられる。
そして、《冬翼》様は秋の終わりとともに戻って来られる。
それは厳然とした事実であり、いかに、ウィリスの身を脅かそうが、彼らの加護はウィリスを守っている。グリスン谷を離れようとも、この神殿にいる限り、誰かがウィリスを害そうとすれば、《雪狼》を相手にせねばならない。今度はル・ウール様も、ネージャ様も目を光らせられている。
「分かりました」とエルナが続ける。
「では、ウィリスの修行を継続します。
そして、中庭が冬で満たされた時、ウィリス殿は『始まりの場所』への巡礼に旅立っていただきます」
「許可いただき、ありがとうございます」
と、婆が頭を上げる。あわてて、ウィリスも礼をした後、婆に聞いた。
「始まりの場所とは?」
「北の果てのお山じゃ。
そこに、もう一人の冬の王がおられる」
「アヴァターの高き砦」
と、ディルスが微笑む。
「大いなる封印の山だ」
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暗殺未遂事件の続きその2。
ずいぶん、間があきましたが、少しずつ再開していきます。
おそらく次は2月。
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