永遠の冬【38】吐息の届く地
封じられた風。
四方に轟く声。
それは、高き砦。
ウィリス11歳の夏。
少年と仲間たちは封じられた山、高き砦アバター、あるいは「始まりの場所」を目指す。
バッスル侯国の豊かな草原を離れてすでに数日。真っ白く果ての見えない凍土。見えるのは遥か前方の空を覆う灰色の雪雲だけだった。冬の神々に仕える者たちでなければ、これは絶望の荒野でしかないだろう。
ウィリスは、与えられた馬に揺られたまま、荒野を進んでいった。多くの時間は、魔道師ディルスや冬の巫女アシャンと話しながら進んだ。
「まもなく、《スクラ》の吐息が届く地となりましょう」とディルスが言った。
「スクラ?」とウィリスは聞き返す。聞いたことのない神名である。
「スクラ。二つ名を《四方を見つめる者》といいます。魔族の諸侯です」と、ディルスが言う。「高き砦の山頂に封じられ、その周囲に寒気を振りまいております」
「それは……」とウィリスは問いかける。
「魔族です」とディルスが答える。「スクラをはじめ、多くの魔族が高き砦に封じられております」
魔族と、ディルスは言った。それはこの世界の遥か古代から存在する恐ろしげな邪神たちである。
「あなたが仕える《冬翼》の王と同格の存在と言えましょう」
「《冬翼》様を魔族と一緒にするな」と、ウィリスは思わず答えた。
知らない訳ではない。《冬翼》様も含め、今、地上を統べる神々の多くは、邪神たる魔族と同じ一族であるが、天空の女神により浄化されて、今の任にある。
《冬翼》様は、冬の季節を統べるお方、ネージャ様のお父君である。
今も封じられた邪神たちと一緒にされてはたまらない。
「違う……と」
ディルスは肩をすくめる。
「もはや」とゼルダ婆が割り込む。「《冬翼》様も、《冬の騎士》も魔族ではないのじゃよ、そのあたりが学院には理解してもらえぬ」
ディルスは、じっとゼルダ婆を見てから、すっと頭を下げた。
「失礼」と謝罪する。「我ら魔道師は、恐れる者にございます。
学院はかつて妖精騎士と冥王が戦いし時の記憶を伝えています。解き放たれた魔族がどれほど恐ろしく、またおぞましいものかを。
ゆえに、我らは魔族を恐れます。たとえ、《冬翼》様のように、地域の神として再生され、信仰された方であっても、かつての荒々しい魂を取り戻された時のことを考えた時……」
「それゆえのお迎え役じゃ」と婆。「我らは荒魂(あらたま)を、和魂(にぎたま)として祭る。我らと《冬翼》様はともに生きる術を学んだのだ」
そこで、婆は後ろに続く冬の巫女や騎士たちを手で指示す。
「あれらも同様。バッスルは冬を受け入れた」
「もはや」とアシャンが引き取る。「我らはル・ウール様とともに生きております」
しゃらん、しゃらん。 鈴が鳴る。
夕方、野営の地を定めて、天幕を張る兵士たちの傍らで、アシャン、ユーリア、ラゼが地を清める儀式を行う。
土地神に宿を乞い、一夜の安寧を祈る。
舞いと歌を奉納し、感謝を捧げる。
アシャンが歌い、ユーリアが舞う。
腰につけた鈴が清らかな響きを放つ。
その音は邪霊を遠ざけ、神の恩寵を呼ぶ。
野営地の結界に沿って歩きながら、ラゼは香を焚いて、祈りをその煙に乗せて周囲に振りまく。
ウィリスには見える。
雪狼たちの透き通った霊が風の中を走りぬけ、ラゼの後をついていく。時折、かすかな唸りを上げて、地の片隅より這い出す邪霊を追い払う。
地の割れ目から顔を出した地の小鬼どもも、ひねこび、地に這う藪の樹霊たちも、雪狼の風に吹かれて姿を消した。
-------
旅が続きます。
次は来週に更新できるといいなあ、でも、きっと6月に入ると思います。
| 固定リンク