永遠の冬【39】:夜語り
おそらく、それは偽りだ。
焚き火の傍らで、鍋が煮えるまで、串が焼けるまでの戯言。
そう思いたい。
ウィリス11歳の夏。
高き砦アバター、あるいは「始まりの場所」を目指す一行は、荒野に野営する。
ぱちり。
大きな野営用の天幕の中央で、焚き火の中の枝がはぜた。
バッスル侯国の軍行用大型天幕は、西方の騎馬民族より伝わった移動幕舎である。数本の柱とロープからなる骨格に、風を通さぬ暖かなフェルトを重ねるもので、ウィリス自身の家と大差ない大きさを持っていた。地面の上には毛皮や毛布が敷き詰められ、寝床になる。
天幕の中央には、いろりが設置されて火が焚かれ、暖房、煮炊き、照明のすべてを兼ねる。煮炊きの煙は直上の穴から逃げる仕掛けだ。
大振りの鍋で、シチューが煮られ、火の横には、金串に刺された肉があぶられている。
やがて、煮込まれたシチューが薄切りにされたパンを浸して配られ、肉が切り取られる。最初の肉の一切れは、酒とともに、すでに、雪狼に捧げられていた。
アシャン、ユーリア、ラゼの三名は粛々と土地神への祭りを行い、人々は感謝の祈りとともに、糧を食らう。
食事を作るのは兵士たちではなく、ゼルダ婆と二人の巫女である。なぜならば、彼女らこそもっとも薬草と食に通じたものであり、グレン卿自慢の炊事番さえ舌をまくような微妙な味付けで皆を楽しませた。
「兵士は多少、粗食にも耐えられるようでなければいかぬ」
と、グレン卿も言うが、うまい食事が出るほうが部隊の士気にもよい。
「人は快楽を学ぶことには敏感なのだ」
と、ディルスが相槌を打つ。
「香草の配合は、炊事番に教えておくわい」と婆。「少しは、兵の食事をよくするがよい」
「塩加減ひとつで、ずいぶん、変わるものですよ」とユーリア。「あとは香りと、ちょっとした刺激。あくを取る一手間をかければ、シチューは優しくなるものですよ」
食事とともに、酒の盃が回る。
軽く体を温め、眠るための酒。
夜の見張りは、兵士たちが2名ずつ交代でするが、雪狼たちのおかげで騒ぎが起きたことなどない。
酒が入れば、歌が出る。
兵士が歌い、アシャンが舞う。
そして、夜語りの時が来る。
最初は、兵士たちに乞われ、ウィリスが風見山での戦いを語ったのが始まりだった。兵士たちの中には、風見山で死んだカルシアス卿とその部下、ゾークスを知る者もいたのである。ウィリスはきっかけの狼煙から、とつとつと語った。兵士たちは、年上のものが多く、息子のようなウィリスが戦いに行き、村の兵士たちが死んだことに涙を流した。
次の夜はカルシアス卿とゾークスの武勲を兵士たちが語った。凍った氷原でラルハースの水の騎士を討ち取ったこと、水魔と戦ったことを語った。
やがて、夜語りは夜毎となった。
グレン卿は、漂泊の戦姫、銀の姫騎士と呼ばれし、英雄の武勲を語った。
「かくして、密使を果たしたる姫は、いまや、黒男爵の陣営にあり」
ユーリアとアシャンは、神殿に伝わる説話を語った。婆はグリスン谷の昔話をした。ネージャ様と《冬翼》様の物語である。
この晩は、ついに、魔道師ディルスの番となった。
「私も話すのですか?」と魔道師はややおどけて言う。言葉はいやがった振りをしているが、その癖、表情はうれしそうである。「さて、いかなるお話が御所望でしょうや?」
旅芸人か吟遊詩人のごとき饒舌さ。
「やはり、こやつに話させるのはよろしくあるまい」と、婆が言う。「魔道師の舌は蛇の毒じゃよ」
「全く、全く」とディルス。「実のところ、ここでは、私のみが異教徒ともいえます。冬の神に従わぬ邪教の徒という訳ですなああ」
もとより、魔道師は神を信じないという噂もある。
「それでも、よろしければ、お話しいたしましょう」とディルス。「おそらく、それこそが、私がここにいる理由なのでしょうから……」
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旅が続きます。
皆さんは「異教徒」と呼ばれたことがありますか?
私はあります。
次は来週に更新できるといいなあ。
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