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2007年8月22日 (水)

永遠の冬【41】 棘(とげ)

美しい花に棘がなぜ、あるのか?
吟遊詩人ならば、花の魔族の邪悪さの印と歌うだろう。

だが、魔道師は冷静に答える。
「獣に食べられぬため」と。
面白みも風雅もそこにはない。
ただ、真実を探ろうとする心のみ。

 ウィリス11歳の夏。高き砦アバター、あるいは「始まりの場所」を目指す旅の一夜。魔道師の夜語りが続く。

 

「人の肉体には仕掛けがございます」と獣師は微笑み、兵士のひとりを指差す。
「あなたは左手に少々痺れが出ておられるのでしょう?」
 壮年の兵士は驚いたように、うなずく。
 グレン卿がじっと獣師を見返す。
「ガーサが昨年冬の戦以来、左手にキレがない。
 どうやって、見切った」
「見えますから」と獣師は微笑む。
「それが魔法と言うものか?」と卿。
「いえいえ、魔法などではありませんよ。ただ『見る目』を持っているだけ」と獣師は、ウィリスを見る。「ウィリス殿が冬翼様や雪狼の姫君を見える目を持つように、我らもさまざまなものを見るための『目』を鍛えております。
 いや、実際のところ、いえ、グレン卿にも見えてはいるのです。今、おっしゃられたでしょう。『キレがない』と」
「ああ、だが、私はそれが痺れとは判断できなかった」と卿。
「それが学問でございます」と獣師。「学問というものは、どう言おうとも経験と知識の積み重ねに過ぎませんが、個々の知識と体験に適切な道筋を与えることで、我らは『見えた』先を『診断』でき、場合によっては『治療』できます。
 ちょっとよろしいかな」

 獣師は老兵士に近づき、左肩に手を伸ばす。老兵士は魔道師の接近に軽く身を引いたが、卿のうながすような目線に気づいて、あえて肩を前に出した。獣師の指が肩から首筋を這い、軽く揉み解す。

「ああ、ここですね」

 兵士の背後に回った獣師が老兵士の肩と腕を派手にひねり上げる。関節が折れるようなバキっという音が響き、老兵士が苦痛の叫びを上げた。
 兵士仲間たちがじっと獣師を見る。
「左腕はどうですか?」
 老兵士は軽く腕を上げ、微笑んだ。
「軽くなった。あんた、骨接ぎも出来るんだ」
 骨接ぎは、戦場の技のひとつだ。獣師の施す技がどこか、それに近いことを感じ取ったようだ。兵士たちが獣師をじっと見る。
「冬の怪我で鎖骨と周辺の筋がずれ、あなたの腕は動きにくくなっていた。以前ほどではないが、これで動きやすくなるはずだ」

獣師は立ち上がり、元の座に戻る。

「ここまでは誰でも学べる骨接ぎの技だ。
 我が秘術はその先に進む。
 たとえば、その腕をさらに強くし、若い頃の腕力に戻す方法もある。肌を裂き、衰えた筋に、鹿の筋を移植すればよい。我が融合の樽で三日も眠れば馴染むはずだ」
 獣師の声は楽しげだ。
「個人的には、腕を一本増やし、盾と両手の槍を併用できるようにしたほうが、もっとよい戦闘効率を得られるとも思うが、まあ、戦略的には瑣末なことだ」
「瑣末、というか?」とグレン卿。
「野戦において、一歩兵だけ少々強くても意味はない。戦略的にそれを活用できる指揮官のほうが重要です」と獣師は笑う。「戦略を見切って投入するので、あれば、その一個人が、指揮官並みの戦略眼を持ち、常に情報を把握し、なおかつ、歩兵部隊1個相当の強さを持たねばなりません」

 
 そうして、獣師は、天幕の入り口のほうを向いた。
 いつの間にか、ゼルダ婆もウィリスの脇で天幕の入り口を睨んでいる。
 そして、ウィリスはそちらへ目を向けた瞬間、激しい悪寒に襲われ、体を丸めた。

(あの人が来た)

 ウィリスには分かった。
 峠で出会った、邪悪の塊のような二人。その片割れ。
 おそらくは……

 周囲で雪狼がうなりを上げるが、ウィリスは答えられない。
 夜の雪原に突如、出現したおぞましい邪気があまりにもひどいためだ。

「この邪気はいったい」とアシャンが、ウィリスの背をさすりながら言う。
「《蛇の巣》とはよく言ったものだ」と獣師が呟く。「さすが、原蛇の塔でも異端の群れと言われた連中だ」

 
 風の音とともに、天幕の入り口が風でまくれ上がり、もれた光の中に少女の姿が現れた。レースを多用したゆったりしたドレスをまとった人形のように綺麗な少女は、凍えるような雪原にはまったく不似合いの存在だった。そして、愛らしくも無邪気に見える笑顔は現実の人とは思えない。
 ゼルダ婆は、薬草袋を取り上げ、ウィリスの前に立つ。

「姉様」

 少女はそのまま、天幕に踏み込み、鈴のような声を上げた。

「ウィリス、迎えに来たわ」

 それは《棘のある雛菊》。触ってはならぬ花。

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ずいぶん、長い間、休んでしまいました。すいません。
『深淵第二版』へ向けての準備体操として、再開します。
JGCまでにもう一度、書けるといいなと。

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