永遠の冬【44】龍を狩る者
ことばによって、追い詰められた相手が自滅する。
それが上策なり。
ウィリス11歳の夏。
少年は、魔獣に飲み込まれ、ひとときの夢を見る。
これは夢の続き。
魔族どもの勲(いさおし)の一幕。
火龍と魔族の間の平穏は僅かな間しか続かなかったという。
火龍は強欲で他の存在すべてを見下し、さらに、食欲と殺戮の権化であった。地上は彼らにとって、空腹と心の虚無を満たす食卓でしかない。
魔族でさえ、火龍から見れば、弱小な存在にしか見えなかった。
おそらく、諸侯と呼ばれる者ですら、火龍の前では決して無傷では済まない。あらゆる敵を貫く槍、この世界すら貫き、断ち割る破壊の牙。
「だからこそ、彼らの存在など許してはおけない」
犬頭の魔王は魔族の諸侯に対して、熱弁する。
「我ら魔族の千年帝国、いや、永劫の帝国のために、あの狂気の牙と翼を折らねばならぬ」
言葉の端々に卑屈さと憎悪が満ちる。魔王と呼ばれ、魔族帝国筆頭と呼ばれる身になっても、吐息の大公タンキンの身に染み付いた卑屈と嫉妬の感情は消えなかった。
それでも、戦いを求める諸侯たちはときの声を上げる。
「あれが、犬よ」
冬の大公の背後で、ひとりの戦士が呟いた。傷だらけの顔を持つ片目の男だ。
「神を殺して、まだ足りぬか?」
「スクラ・ドゥウーラ、言葉を慎め」
冬の大公は低い声で叱責するが、その目には怒りはない。側近と同じ考えを内心、持っているからだ。1対1で、火龍を討ち取る自信はないが、火龍を偽り、内紛を起こし、殺しあった挙句の果ての手負いを狙うという姑息さには、冬翼の大公ペラギス・グラン自身、軽蔑を覚えずにはおられなかった。
「さあ、狩りの始まりだ」
その日、レ・ドーラの野は、火龍たちの雄叫びと血潮に染まった。
霧の龍王ファーロ・パキールは、濃厚な霧をまといながら、谷を下った。レ・ドーラの戦いは終わったが、龍王はまだ飢えていた。
愚かな若い火龍を何匹か引きちぎったが、心も体もまだ癒されていなかった。双角の龍王ザウルから受けた脇腹の傷からはまだ激しく出血し、青ざめた鱗を汚していたが、その辺の魔族どもを数匹ばかり喰えば、血は止まるだろう。
「さあ、来い。我は逃げぬぞ」
ファーロ・パキールは多数の殺気を感じ取りながら、吼えた。黄金の瞳が輝く。
「餌のほうから寄ってきおった」
一陣の風が龍王を包む霧を吹き払うとともに、その身に多数の氷の槍が降り注ぎ、追って、魔族たちが飛び掛る。雪狼の戦士たちだ。火龍は、炎の吐息を吐きながら、立ち上がり、翼を振る。巨大な風が氷の槍を吹き飛ばし、戦士たちを叩き落とす。
だが、次の瞬間、龍王の翼を氷の槍が引き裂く。
体勢を崩した火龍の横手から、巨大な狼が体当たりする。
火龍の巨躯に比べれば、大人と子供のようなものだったが、それは狙い澄ましたように、双角の龍王が貫いた二つの傷をえぐった。
激痛が火龍の動きを止める。
「えいっやあああああああああ」
叫びとともに、四本腕の戦士が風に乗って、正面から槍で突進する。
冬翼の大公ペラギス・グランである。
その後には、雪狼の戦車に乗った娘、雪狼の戦姫ネージャと雪狼の騎士たちが突撃槍を構えて続く。
とっさに火炎を吐こうと開いた火龍の口に、グランの槍が突き刺さる。そのまま、氷結する。火龍は苦しがって、前足の鋭い鉤爪を振るう。それをかいくぐって、ネージャと騎士たちの槍が火龍の腹へと深く突き立つ。
「!」
口を塞がれているため、声にならない咆哮を放ちながら、火龍はグランに向かって全力で鉤爪を振るう。鈍い断裂音とともに、グランの首が飛んだ。四つの顔を持つ頭部は、ひしゃげた肉の塊となって谷の断崖に叩きつけられ、脳漿を撒き散らす。
だが、肉体は槍を離さなかった。火龍の口を貫いたまま、微動だにしない。
そして、騎士たちの放つ氷の槍が今度は黄金に輝く火龍の両眼を次々と貫いた。やがて、巨大な狼が動きを止めた火龍の胴体から心臓をえぐり出した。
「父上」
巨大な雪狼から、火龍の心臓を受け取ったネージャは、その肉を一口かじり取ると、火龍の口を槍で縫いとめたまま、立ち尽くしているグランの首なき胴体に向かって叫んだ。
「火龍は仕留めましたぞ!」
「ならば、首を拾ってくれぬか?」
断崖の下から声がした。
「さすがに首が痛い」
見れば、砕け散り、脳漿をまき散らしたはずのグランの首が谷底に落ちている。潰れたはずの顔は綺麗になり、割れた頭蓋も元通りである。
そして、胴体から切り離されてもなお、生きて口を動かしている。
「さすが、火龍。このまま、眠れるかと思った……」
「我らは魔族」とネージャが答える。「死の安寧は我らにはございませんわ」
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夢歩きその2.
二ヶ月、お休みしてしまいました。まだ、忙しいのですが、いつまでも休んでいる訳にいかないので、再開。
魔族の回想でいつか書きたかった「不死の呪い」ですね。
次は、神征紀編の予定。
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