永遠の冬【47】始まりの地
遠く離れても海はひとつ。
波はいつか届くだろう。
ウィリス11歳の夏。
少年は、魔獣に飲み込まれ、ひとときの夢を見た。
「これは予言だ」と黒猫がほほ笑む。
「いつか、お前はこの因果の果てに立つ」
そして、心地よい寒風がウィリスの頬を撫でる。
雪さえも、心地よい。
「この吹雪の中で熟睡できるとは、まさに冬の申し子」
やや暗いものの、深みのある声が呟いた。
目を開けると、そこには白い仮面で顔の上半分を覆った男がいた。髪は黒いが、肌の白さはウィリスと同じサイン人の系統のようだ。情の薄そうな薄い唇と高い鼻が印象的だ。
しかし、次の瞬間、ウィリスはぞっとした。
彼のマントから出ている黄金の篭手からは、燃えるような魔力が放たれていた。さらに、仮面からは冷たい死の気配が漂い、彼の周囲には目に見えぬ何かがまとわりついている。
「私をあまり『見ない』ように」
再び、男が言う。
「君は目が良過ぎるが、準備が足りない」
あわてて、目をそむけるが、男の放つおぞましい気はもはや無視できない。
「レディアス」
感情のこもらない声がささやく。
男の名前なのか?
「君と同じ《因果の果て》に立っている」
ふっとその声に、ディルスが天幕の中で言った言葉が思い出される。
「……それゆえに、世の中の《事実》なるものが、どれほどおぞましく、はたまた、脆いものかをよく知っております。できれば、……」
そこで、ディルスは、細い棒を拾い、ウィリスとの間に、線を引くように横に滑らせた。
「ウィリス殿には、この線のこちら側に来ていただきたくありません」
ウィリスは見えない線を必死で見た。その線の向こう側に、闇とともに微笑む魔道師がいた。
ほんの目の前の見えない線。
この男はおそらくその向こう側の住人。
その肉体にまとわりつくいくつもの魔法の気配。おぞましい歪み。そして、それをもとともせず、感情を込めない酷薄とも言える声。
だが、ウィリスはここで恐れてはいけない。
お迎え役として、冷静にならねばならない。
あの夢が何を示すのか、若い彼にはまだ分からなかったが、この男こそ、ウィリスの運命に深く関わることだ。
「もしや、《冬翼》様を御存知ですね?」
ウィリスはやっと質問を発した。
「ああ」と男はうなずく。
「猫の王の予言は、私も見た。
つまり、ここには二人の獣の王がいる訳だな」
「いや、三人だな」
背後からディルスの声がした。
「お前だけ、勝手に獣の王になるなよ、レディアス=イル=ウォータン」
ウィリスが振り返ると、ディルスが、シアンを肩に乗せて立っていた。
「獣師アルドナスの第一の弟子を無視するつもりはなかった」
と、レディアスが答える。
「いやいい」とディルスが笑う。
「白き獣師と張り合うつもりはない。
混沌の魔獣に両腕と双眸を売り払ったか」
「まだ心臓と舌と足は残っているよ」
とレディアスは笑い、ウィリスのほうを見た。
「少年よ、我らが《冬翼》様をお迎えに参ろう」
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レディアスを書くのに、ちょっと時間が必要でした。
そして、第一の封印に人々は集い、時は始まる。
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