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2008年5月19日 (月)

永遠の冬【54】響き渡る声


 誰もが感じる、再会の時を。
 誰もが知る、目覚めの時を。
 誰もが歌う、呼び合う声を。

 ウィリス11歳の夏。お迎え役としての時を迎える。

 ウィリスは、目を閉じて、お迎えの祝詞を口にする。
 両手を空へ向け、ゆっくりと舞い始める。

「ご来臨あれ、ご来臨あれ。
 いと高き人よ。
 収穫も終わり、蔵も樽も満たされた。
 囲炉裏を囲み、歌を唱ずる我が家を訪れ、
我らが酒を飲み、我らが膳を受け取られよ」

 グリスン谷のお迎えの祝詞は、秋の終わり、北風とともにやってくる《冬翼様》を、賓客の神として歓迎するものだ。
《冬翼様》がなぜ南北に旅するのか?
 グリスン谷に伝わる話は、《冬翼様》の悲しい定めを語る話だ。

《冬翼様》には、愛する妻がいた。
 その妻は、呪いにかかり、夏が終わると、一羽の渡り鳥になって南の地へ旅立ってしまう。だから、《冬翼様》は冬とともに、愛する妻を南へと捜しに来る。寂しい、寂しいと探しに来る。残念ながら、人の姿を失ってしまった妻は見つからない。だから、荒れ狂い、雪で大地を埋め、川を凍らせてしまう。
 そこで村人は、《冬翼様》を歓待し、その荒御魂を慰め、腹を満たしてもらう。
 春になれば、《冬翼様》の妻は、渡り鳥になって戻ってくる。そうしたら、《冬翼様》に渡り鳥とともに、北の館へお戻りいただくのである。
 そうして、無事、春を迎えれば、その年の豊作が約束されるという。

 だが、ウィリスはその物語の意味を理解した。

 《冬翼様》は、かつて落とされた首を捜しておられたのだ。
 呪いによって、首を見出すことも出来ぬまま、何年も何年も、北の館と南の谷を往復しながら、己の首を捜しておられたのだ。

「ご来臨あれ、ご来臨あれ。
 いと高き人よ。
 偽りの時は終わり、正しき場所に導きましょう。
 さあ、なくした物を取り戻されよ。
 再び、全き姿となって、武勲の時を迎えられよ」

 祝詞の舞いとともに、吹雪は強まり、封印の鎖はギシギシと鳴る。
 鎖の回りを、雪狼たちが舞い、遠吠えを上げる。

 やがて、遥か彼方に強い気配が生じた。

「あれこそ、我らが父」
と、吹雪の中を舞う雪狼たちがささやく。
 同時に、ウィリスの脳裏に、ネージャ様の声が響く。
「さあ、舞え、舞え。
 解放の時は間もなく来る。
 ウィリスよ、そちはお迎え役。
 我らが獣の王」

 その声と同時に、一瞬の幻視がウィリスの脳裏に閃く。

 あの呪わしき男が、雪原の中央、突き出した黒き槍に手をかける。
 その手から黄金の炎が上がるが、傷だらけの顔をした男は黒き槍を引き抜く。
「照覧あれ!」
 叫びとともに、雪原から黒き槍を引き抜いた男はそのまま、雪の斜面を落下していく。

 途端に、北の彼方の気配が強い物に変わる。
 同時に、頭上の首の四方を向いた顔が、かっと目を開く。

「我は目覚める」

 そして、吹雪の音と雪狼の遠吠えが最高潮に達し……
 アヴァター山の上に、巨大な翼の影が落ちた。

 ウィリスは舞を納め、大地に伏せる。

「よくお出で下さいました。
 よくお出で下さいました」

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 ついに、《冬翼の大公》復活であります。
 次回はまた来週。

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