永遠の冬【59】火龍の雄叫び
歌え、その祈りを声に乗せよ。
メイア11歳の夏。
「霧は晴れない」
と、その少女は言った。
「だから、お前には、ウィリスを導いてもらわねばならぬ」
「ウィリス!」
メイアは声を上げた。
「帰ってくるの?」
「帰ってくる」
そして、彼女は北の空を指した。
霧に包まれた白い空だったが、どこか夏とは思えぬ何かが感じられた。
少女の名前はエリシェ・アリオラといった。
彼女はその外見とは裏腹に老成した口ぶりで、ジードや村長と話しこみ、結局、朝から村人は里を去ることになった。
彼女は、南の村に住む《霧の龍王ファーロ・パキール》の恐ろしさを得々と説明し、火龍の足止めのために、ジード、メイア、酒造りのウシュキ、そして、弓と罠に詳しいものとして、リシュの爺を残した。
ジードとリシュは、ありったけの綱と道具を抱えて、川を少し下った。ジードは、火龍が早めに来た場合のために、鏑矢を持って川岸に潜んだ。その合間に、リシュの爺が川面を大物が抜けたら、鳴子が鳴るように仕掛けを張った。
ウシュキは秋祭りのために仕込みかけた酒を村の川岸に運んだ。
「酒の匂いは、人の気配を隠す」
と、エリシェがいう。
「龍を酒に酔わすのかね?」
と、ウシュキが問うと、エリシェは微笑む。
「あれを酔い潰すには、この村が沈むほどの酒が必要だろう。
そもそも、あれが酒を飲むかどうか、確認したものはおらぬ。
少なくとも、泥酔した火龍という記録は残っていない。
……興味深い問題かもしれないわね」
やがて、朝になり、村人たちが九十九折を上っていく。
もはや霧は濃く、崖の上はもはや見えない。
「あとは、段取り次第」
メイアを横に控えさせたまま、エリシェは、村の中央から動かなかった。
「あの、」とメイアは思い切って話しかけた。
「エリシェ様は、ウィリスや婆様とお会いに……」
場違いな質問であることは分かっていた。
だが、霧に包まれたグリスン谷で、メイアは沈黙を守り続けることが出来なかった。
「ああ、つい先日、会った」
エリシェの答えはそっけなかった。
メイアは言葉を続けることが出来なかった。
しばらくの間があってから、エリシェは言葉を続ける。
「悪いな、どうも、世間話というのは苦手だ」
「いえ、あの」
「……《風読みのゼルディア》、いや、おぬしらの先代お迎え役、ゼルダは、我が妹のようなものだ」
10歳にしか見えない少女の口から出るには、不似合いの言葉である。
あきらかに四十を越え、老婆の域に達しつつあるゼルダの姉には決して見えない。
「ウィリスは、今、最後の扉に迫っているはずだ」
そして、鳴子がカタカタと音を立て、鏑矢が虚空に甲高い音を上げた。
「来たぞ」
エリシェの声は、引き続く火龍の雄叫びにかき消された。
谷全体が轟きに揺れ、メイアはもはや恐怖で動くことさえできない。
そして、また、すべては沈黙に包まれた。
「来た!」とエリシェは近くの酒樽を蹴り倒す。
濃厚な酒の匂いがあたりに漂う。
酒樽の間を走るエリシェの頭上に巨大な顎が出現し。その上半身を丸呑みにする。家よりも大きな上下の顎が、がきっとかみあわされ、エリシェの姿が消える。
「あ、あ、あ」
もはや、メイアには声を出すことも出来ぬ。
その背後から、すっと誰かがメイアの体に手を回す。
「飛ぶよ」
エリシェの声とともに、メイアの視界は暗くなった。
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何とか復活中、次回は来週に。
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