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2008年9月24日 (水)

永遠の冬【61】激突


 その風景を目撃することは、人の子にあるべからず。

 メイア11歳の夏。

 メイアは、その風景に身動きもできない。
 グリスン谷を覆う濃密な霧。
 海にも似た霧の谷から首を突き出した巨大な黄金色の龍。

 たぶん、その風景だけでも人は狂うに足りる。

 ましてや、その濃密な霧の湖の下に故郷の村が消えたとあれば、それは、幻とも信じたい風景である。

 しかし、それは火龍の襲来だけでは終わらなかった。

「ウィリス!」

 叫びに答えたのは北風。
 肌を刺すような凍てついた霙交じりの寒風。
 凍てつくような北風が一気に吹き寄せ、谷から霧を吹き飛ばす。

 その風に乗って白い巨人が火龍に突進する。
 四本の腕、四つの顔。
 そして、背中から世界を覆うほどに大きく広がる巨大で異形の翼。
 快楽の笑いとも、憎悪のうなりとも判別できない叫びが響き渡る。

 メイアは、風がさらに凍てつくのを感じる。

「冬が来た」

 とっさに感じた言葉が口から漏れる。
 それが真実を語っているのだと自ら気づき、メイアはひざまずく。

「冬翼様」

 祈りの中、まるで寒風がここちよい誰かの抱擁のようにメイアを包む。

「……ウィリス」

 メイアは、少年が帰ってきたことを知った。

*

 そして、火龍と巨人は激突する。

 巨人の腕から突き出された白い氷の槍が火龍を正面から捉える。
 同時に、火龍の口が輝き、炎を吐く。
 あたり一面が焦げる。
 凍てつく寒風が、一気に紅蓮の熱風に変わる。

 だが、巨人は火炎の下をかいくぐり、火龍の翼を槍で引き裂く。

 空中で傾いた火龍の首が巨人を追い、火炎が谷間をなめる。
 一気に、谷底から蒸気が舞い上がり、またも、火龍と巨人の周囲に霧のように巻き上がる。

「それでよい」
と、エリシェ・アリオラがつぶやく。
「火龍め、それが己の足かせとなることに気づいておらぬ」

 次の瞬間、霧が一気に白くなった。
 ねっとりと濃くなり、その内側から火龍のくぐもった叫びが上がる。

 そして、人の怒号が響く。

「エリシェ!」

 邪気とともに、怒りの声が舞い降りる。
 振り返れば、全身血まみれで、傷だらけの顔の男が鏡の前で荒い息を吐いている。
 その手には、血にまみれた黄金の槍がぶらさがっている。

「相変わらず、馬鹿だな、お前は……」
と、エリシェが微笑む。
 華のように。
「さて、メイア。
 後は頼むわ。
 戦いが終わった後、ウィリスを呼び戻せるのはお前だけだ」

 そして、エリシェはさらなる跳躍のための詠唱に入った。

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 新聞小説なみの短さですが、ちょっと締め切りの関係で今週はここまで。
次回は来週に。

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