永遠の冬【62】破魔の槍
時として、愚かとも言えることこそ最善。
メイア11歳の夏。
その槍と、持ち主の関係ほど不似合いなものはなかった。
黄金に輝く槍の穂先は暖かき太陽のごとし。
されど、それを血まみれの手で握りしめる男は、顔全体に多くの傷を刻み、おぞましき邪気を放ち、怒号と悪態をはき続けている。
そして、その傍らでエリシェは古き言葉で詠唱を行う。
メイアはその風景に背を向け、巨人と火龍がうなりをぶつかり合う故郷の谷間に目をやる。四つの腕を持つ巨人は、火龍の翼を槍で貫き、皮膜を引き裂く。
(今度こそお前を!)
巨人の戦士の意志が圧倒的な戦いの意思とともに、メイアの気持ちに踏み込んでくる。
戦い、戦い、戦い、正面からぶつかり合う。
殺し、殺し、引き裂き、貫く。
痛みを与え、苦痛を与え、その肉を食らう。
巨人と火龍からあふれ出る殺気で、メイアは動けなくなる。
(消滅せよ)
強い憎悪の波動とともに、火龍の吐息がまたも谷間を焼く。
牧場も畑も一瞬で燃え尽き、川が蒸気に変わる。煤煙と蒸気が谷間に満ちる。
その吐息を避けるように谷間を低く走る巨人に対して、火龍が襲い掛かる。巨人は巨大な鉤爪にわき腹を引き裂かれながらも、川床を逃げ回る。火龍は再び流れ始めた川の水の中に四足を踏ん張り、さらなる吐息を巨人に吐きかけようとする。
だが、ここで巨人の雄叫びが響く。
(火龍よ、お前は負けた)
突然、谷全体は凍てついた。
蒸気がきらめく雪に変わり、火龍の翼に分厚くまとわりついた。
川は一瞬にして凍り、火龍の四足を凍った氷の中に封じ込めた。
*
谷の上空。
空中に浮かぶ魔鏡から突き出す一本の腕。
血まみれの手に握られていたのは、黄金の槍である。
*
火龍は、怒りの叫びを上げるが、足は硬く凍りつき、見る見る厚さをましていく氷の中にがっちりと捉えられたまま、飛び立つこともできない。
巨人に向かって吐きかけようとした火炎を足元に向けるべく、首をかしげた火龍は、次の瞬間、落下してきた黄金の光に胴体を貫かれた。
まるで、糸が切れたように崩れ落ち、川床に倒れ伏す火龍。四足が固定されているため、その姿勢は、ずいぶん傾いたものであったが、首と翼、尾が弱弱しく、凍りついた川面に落ちる。
巨人は、白い氷の槍を振り上げて、その口を上から串刺しにする。上下のあぎとを縫いとめられた火龍の上に、ざっと雪が降り積もり、たちまちにして小高い氷の山と化す。
メイアの目の前で、グリスン谷は巨大な氷雪の吹き溜まりへと変わっていった。
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次回は来週に。
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