歌の龍王【01】幻視
黄の戦車
我が運命はまもなく終わり、
時代は変わっていくだろう。
*
物語の始まりはささいなことだ。
二人の魔道師が夢を見た。
魔族と龍王の夢を……
魔道師学院の最高議決機関、十五人委員会は、二人の魔道師を呼び出した。
一人は、いまだ階位の低い幻視者。名をラクリスという女性であった。
「私の歎願に声を貸していただき、感謝します」
とラクリスは、十五人委員会が開かれる塔の広間に跪き、頭を垂れた。本来ならば、彼女はこの場に出られる身分ではない。まだ二十代の初め、幻視者としての修行を通火の塔で始めたばかりだ。
「顔をあげよ」
議事進行を務める伝奏役のリュジニャンが言う。
顔を上げたラクリスは、ややおどおどしつつも、明るく輝く両の瞳を見開いた。
「その瞳、幻視の力を十分に宿しておるようだな」
広間の片隅、ローブに顔を隠したままの何者かが年老いた声で言った。ここに集うのは、十二と一つの星座の塔を司る魔道師の長たちだ。ラクリスの目には魔族の混沌の気配がぎらりと映る。おそらくは、原蛇の塔を支配する《双面》のレトであろう。かの魔道師は魔族と契約を結び、異形の姿を持つという。
「見えるか、我が姿が」とレトが笑う。「だが、それは今宵の目的ではない。
汝の幻視せる未来を我らで検討することこそ肝要。
さて、この者の才、どれほどで?」
「我らは期待しております」と、女性の声が答える。通火の塔の長にして、《薄明の公女》と呼ばれし学院最高の幻視者メアルである。ラクリスからすれば、遥か高位の上司に当たる。
その言葉はうれしかったが、その才能こそがラクリスをここに引き出してしまった、とも言える。
「もはや儀式的な挨拶は不要」
と、堂主アルゴスが発言した。学院の最高位に座す人物だ。
「幻視者ならば、この時と所は理解しておろう」
ラクリスは同時に、ラクリスはアルゴスが放った青龍の気配に圧倒された。
そう、あの時もまたこの圧倒的な気配に倒れた。
ラクリスの脳裏で繰り返される。
声にならない恐怖。
それは歌に乗って彼女の耳元に流れてきた。
「歌の龍王」
ラクリスはそう叫んで倒れた。
両耳から激しく鮮血がほとばしった。
ただちにリュジニャンの指示で、侍従たちが彼女の体を運び去った。
「幻視(み)える、ということは不幸であります」とメアルが発言した。「ラクリスは、本来、己が許されぬ場所までたどり着いたのです」
「見逃せぬな」とレトが言う。「龍王の名は」
「しかり」と今まで沈黙を守ってきた戦車の塔の長、黄金の射手リーンズがうなずく。「龍は、我らに対する大いなる脅威。もしも、かの霧の龍王ファーロ・パキールに並ぶ者が幻視に現れたとなれば、それが目覚める可能性を確かめずにはおれませぬ」
「古き伝承によれば」と牧人の塔の長、《紡ぐ者ヴェリ》が言う。「龍王もまた十二と一つの星座に対応するとされます。しかし、我らがその居場所を知るのはわずかに3騎。
大火龍ジーラ、黒龍王アロン・ザウルキン、霧の龍王ファーロ・パキール……」
「歌の龍王の名はどの資料にもない」断言したのは、自らも青龍の塔にいたアルゴスである。
「巨人の王国以前に封じられたか、あるいは、かのレ・ドーラの戦い以来、復活しておらぬのか?」
レ・ドーラの戦いとは、魔族帝国時代初期に行われた龍同士の内戦とその後、魔族が行った龍殺しの戦いを指す。
「されど」とアルゴスは続ける。「この幻視は、ただラクリスだけが見たものではない」
次の瞬間、闇の中から一人の少女が姿を現す。年の頃ならば、おそらく十二、三。その外見は愛らしい野の花のように見える。
だが、十五人委員会の出席者たちは不快な吐息を洩らす。
なぜならば、彼女はすでに人の子の身ではない。魔族の諸侯、《鏡の公女》に魂と名を捧げ、妖魔の肉体を得た魔女である。《棘を持つ雛菊》エリシェ・アリオラと呼ばれている。
「今宵は、我が師、《召喚者》スリムイル・スリムレイの命に従い、《約定の公女》フリーダ様のお言葉をお持ちいたしました」
エリシェは悪意のこもった微笑みを浮かべる。
「まもなく、歌の龍王が目覚め、世界は変転の時を迎えるだろう」
「それはお前が幻視(み)たのか?」とアルゴス。
「私が見たのは、歌声の中で眠る龍の姿のみ」とエリシェ。
「スリムイル・スリムレイは何と?」
「我が師は、星の王を追ったまま、戻りませぬ」
「なるほど、あれはまだ……」と、アルゴスは一旦、言葉を切った。
「では、我らもまた探索の手を広げよう。世界のために」
「世界のために」
十五人委員会の参加者たちが声を揃えて答えた。
新たな探索が始まる。
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『深淵』の小説の冒頭であります。
全体の流れはまだまだ見えませぬが、本文とは関わりない序章と思ってください。
できれば、週一ぐらいで連載したいところですが、自分でも分かりませぬ.
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