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2009年2月16日 (月)

歌の龍王【02】龍を見る者


紫の通火

我は瞳を閉ざす。
涙とともに希望をこぼさぬように。

 銅鑼が鳴り響く前に、ザンダルは槍を持って塔の上に出ていた。
 上空に見える青い巨大な翼。
「来たか、バサル」
 次の瞬間、激しい稲光とともに、湖の北側、《龍の狩場》の島に火龍は舞い降りる。バサルは風と稲妻の龍だ。その吐息は、雷と同じ青い光を放つ。その身も空の濃い青だ。
 一里は離れた塔の上からでも龍の巨大さは分かる。
 バサルは、一撃で仕留めた牛を丸のみにして噛み砕く。まるで人が焼き菓子を頬張るように。パイの中から汁が垂れるように、バサルの口元を牛の血が汚す。
 ぞっとする光景だ。
 小島に放たれた牛たちは火龍への供物だ。あれが火龍と街の盟約。

 そして、バサルは振り返る。

 冷たい視線はザンダルの魂を射抜く。青い冷たい狂気と殺意、そして、小さな人の子にひとかけらの価値も認めない絶対的な否定。ザンダルは、龍王の加護の呪文さえぎしぎしと悲鳴を上げ、崩れていくのを感じる。血が凍りつき、心が砕け、呼吸もできない。命短き人の子はその視線を受けただけで死んでしまう。
 崩れ落ちそうな膝で踏みとどまり、槍にすがって塔の上でバサルを見つめ返す。あれはたぶん、気づきもしないだろう。いや、もしも、気づいてしまったならば、ザンダルは火龍の餌食になる。
 今日こそあれを《幻視》(み)るのだ。
 ザンダルは、青ざめた唇に弱々しい微笑みを浮かべる。
 そのために、彼はこの街に来た。
 なぜならば、それが青龍の魔道師の定めなのだ。

 覚悟を決め、ザンダルは火龍に向かって心の手を伸ばし……
 次の瞬間、ザンダルの意識は断ち切られた。

 中原と呼ばれるあたりの東側、スイネの都から南に下ったあたりを、ファオンの野という。
 妖精代初期の盟約により、人の子ではなく、火龍に与えられた土地である。この野をさらに南に下った先、モーファット河の中流にあるアラノス湖の島に、モーファットという街がある。人と龍の境界にある街だ。
 本来、人の子のすむべき場所ではなかったが、人の子は、風の龍バサルを信仰し、盟約と生贄を捧げることでこの地に街を築いた。
 モーファト河は、グラム山に源流を発し、スイネを経て、ファオンの野を下り、モーファットを経て、南海へと注ぐ。中原の中央を縦断する重要な交易路になった。火龍や土鬼の脅威はあるが、南北の交易は多くの富を生み出す。モーファットはその中継地点として栄える街である。

 やがて、石畳の冷たさに目覚めた。
 気づくと塔の上に倒れていた。
 まただ。また。
 火龍を見るには、まだひ弱だというのか?
 学院の秘儀を用いてさえも。
 次は防御の魔法陣を書くしかないか……。

「魔道師殿!」塔の階段を降りる途中で声がかかった。塔の警備兵だ。「まさか、また火龍を見物なさっていたのですか?」
 そう、普通の人の子であれば、火龍の視線だけで狂死している。この者も警備兵でありながら、銅鑼とともに避難していたのだろう。
「そうだ。我らは龍を学ぶ者だからな」
 多くの市民はそれを狂気と呼ぶ。火龍を観察し、その力を突きとめようとする。いかに防御の魔術に長けた魔道師であっても、命がけのことだ。
 だが、魔道師である限り、我らは力を求める。力が無ければ、勝てない相手と闘うのだから。

 ザンダルは夢を見た。
 誰かが歌を歌っていた。
 歌の意味は分からなかった。
 ただ、心地よい眠りだけがザンダルを包んでいた。

そして、一人の女性がアラノス湖で船を下りた。

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『歌の龍王』第二話です。
全体の流れはまだまだ見えませぬ。
できれば、週一ぐらいで連載したいところですが、自分でも分かりませぬ。

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