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2009年3月12日 (木)

歌の龍王【05】待ち伏せ

緑の野槌

耳元にささやく者あり。
これもまた夢なりや?

 伯爵の城へ召喚され、顔を出す途上、城壁の間の通路を抜けながら、ザンダルは街の空気の中にかすかに漂う死の気配を感じた。まるで白い羽根が舞うように、死の気配が人々の上に積もっていく。あるいは、街路の石畳の下から水がしみ出すように、人々の足元を死の気配の潮が洗う。
 かすかな波音は湖から聞こえてくるのではない。
 どこかで現実が綻び、世界の深淵とつながっているのだ。
 おそらく……
 心が身体を離れ、気配の根源へ飛んで行きそうになるのをザンダルは必死に抑えた。部屋を出る時、抱えてきた槍を杖代わりに頼る。
 ああ、おそらく伯爵の夢占い師殿は、十分な魔法的防御策を講じずに、幻視の目を死の気配の根源へ向けてしまい、死の力を直接、受けてしまったのだ。
 龍に対する時は、あれほどに注意深いのに。
 いや、おそらくは、龍に比べて、魔族を侮ってしまったのだろう。
 愚かというのは、尊敬に欠ける見方だ。
 夢占い師殿にはきっと、敵の推測などなかったのだろう。予断に縛られず、未来を感じることこそが彼らの習いであったから。
 だが、ザンダルは違う。
 火龍を眺め、火龍の向こう側をみようとする。
 そう学んだ。
 また、魔道師学院は魔族の対策についても、考えている。
 今、それがザンダルの前に立ったとしても……

 気づくと、目の前に女がいた。
 占い師のような法衣、そして、その両眼は炎のように赤く輝いていた。

 ザンダルは一瞬の隙に後悔した。
 真っ赤な視線がザンダルの両眼を貫いた。
 死の羽音が聞こえた。
「死ね」
 声は形ある武器のように、ザンダルの頭蓋骨を揺さぶった。
 だが、ザンダルの魂は、龍の鱗で守られていた。
「火龍ほどではない」
 そのまま、背負ってきた槍を振り回す。人の背ほどの槍がぶんと唸って上方から女の頭に振り下ろされる。城壁に近い道は幅が狭く、避ける場所が少ない。女はよけ切れず、肩を切り裂かれ、後方に転倒する。
「開門!」
 女は、城壁の壁を叩く。
 すると、一気に波音が響く。
「深淵を開くか。やはり魔性の身」
と、ザンダルは言った。
「ああ、お前の名前を聞いたことがあるぞ。
 赤き瞳の巫女ドレンダル」
 それは、翼人座の魔賊「赤き瞳の侯爵スゴン」に魂を売った女魔道師の名前。禁断の知識に溺れ、かの呪われしヴェルニクで暗黒の輩となった女。
「知っているなら、話は早い。
 この街は滅びるのだ」
 ドレンダルは、壁に発生させた深淵の門へと身を躍らせる。そして、代わり、そこから見えない波に乗って人よりも大きな魚が飛び出してくる。
 双魚ブトゥア。空中を泳ぐ異界の妖魚。
「小細工を」
と、ザンダルは槍を構えなおす。空中を舞う巨大な肉食の魚は、魔族ではないものの、槍一本で戦うには十分、剣呑な敵だ。直撃を食らえば、命を落としかねない。
 そして、波音は消えていない。
 深淵の門は開かれると、少しずつ拡大し、そこから異界の波が流れ込んでくる。その波によって周囲は異界となり、このような妖魔が出没するようになる。そのうち、崩壊して閉じることにはなるが、自然崩壊した場合、周囲の物や人を飲み込んでしまう。
 放置してはおけない。
 魔道師には、その対策としての呪文も用意されているが、その前に、この妖魔をなんとかせねばならない。
「短期決戦ですね」
 ザンダルは冷静に判断すると、石畳を蹴って、双魚に激しく槍を突き出した。

 しばらく後、ザンダルは伯爵の執務室にいた。
 疲弊したザンダルは、布に包んだ肉の塊を伯爵の侍従に手渡した。
「いずれ、残りは街の者が運んでくると思いますが、まずは新鮮なものを。
 双魚の肉です」
 侍従の顔色が変わる。双魚は凶暴な異界の魚だが、同時に、不老長寿の妙薬としても知られる。精のつく食べ物だ。
「いったい、それをどこで?」
と、伯爵が問いかけてくるので、ザンダルは身を整えながら答えた。
「城壁の通りで、魔族の使徒に襲われました。
 厄介な存在がこの街を狙っております」
「魔族の使徒?」
「呪われしヴェルニクを支配する魔族、【赤き瞳の侯爵スゴン】に魂を売った魔女、赤き瞳の巫女、ドレンダルです」

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『歌の龍王』第五話です。
まずは、青龍の魔道師ザンダルと謎の女の行方を追いましょう。
できれば、週一ぐらいで連載したいところですが、自分でも分かりませぬ。

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