歌の龍王【06】敵の名は……
紫の黒剣
支配するは我なり。
秩序こそが世界で最も美しい。
*
「我ら、魔道師という生き物には、ある種のさがというべき傾向がございます」
と、青龍の魔道師ザンダルは切り出した。
モーファットを支配する伯爵に、敵の正体を問われてのことである。敵とは、魔族「赤き瞳の侯爵スゴン」の下僕、「赤き瞳の巫女ドレンダル」のことである。
「この世の知識を得るためであれば、多くのことを忘れることができます」
「忘れる?」
「ええ、例えば、自らの命とか」
「おぬしもそうであったな。
城壁で龍を見ているとよく聞く」
龍は恐るべき邪視の瞳を持つと、この街では言われている。龍と目を合わせてはいけない。その瞳ににらまれれば、人の子は狂うか、死んでしまう。
だが、この魔道師は龍を研究すると称して、城壁で龍の飛来を観察し続けている。
「御存じでしたら、話は早いですね。
我ら、魔道師はそれぞれの星座によって研究する対象が異なります。私は龍を、通火の幻視者は夢と予言を、野槌は幻術と動物を、そして、原蛇の者は魔族を研究します。ドレンダルもまた、かつては、原蛇座の召喚魔道師でございました。魔族の秘密を学び、危険な魔族の策謀が世界を滅ぼすことを防ぐべく、各地を探索しておりました。
そうして、彼女は、呪われしヴェルニクに辿りついたのでございます」
「あの遺跡に踏み込んだのか?」
呪われしヴェルニクは、スゴンの封印であるだけではない。凶暴な土鬼の群れが徘徊する危険な地域である。
「ええ、ヴェルニクこそ、滅び去った巨人の七王国のひとつがあった場所でございます。土鬼はその末裔であり、我々、魔道師学院はかの地に、七王国滅亡期に試みられた魔族召喚と封印の秘儀が眠っていると考えております」
伯爵はもはや言葉をはさまなかった。
それは暗黙の前提として、伯爵家にも伝わる歴史的な秘密の一つであったからだ。おそらく、学院から派遣された魔道師からひそかにささやかれたこともあったに違いない。
とはいえ、龍が飛来するこの街には、ここ何年もの間、ヴェルニクの土鬼や妖魔も近づこうとはしなかった。
「ドレンダルは、それを確かめに行き、そして、スゴンに取り込まれたのでございます。あれはすでに人の子ではありません。魔族の愛妾、その汚れた精を身に受け、妖魔と化した怪物にございます」
「その魔物がこのモーファットを滅ぼすために侵入したというのか?」
「はい。私も先ほど襲撃を受け、直接、予告されました。おそらくは、タガット殿もまた、幻視の力で彼女を見つけてしまったがゆえに、呪殺されたのでしょう。何しろ、かの赤き瞳の侯爵スゴンの属するは翼人、死の星座にございます。死の力を持って龍を殺すために生まれし魔族と聞き及んでおります」
「龍殺しか」
かつて、魔族と龍が戦ったことがある。
レ・ドーラの野において、龍同士の合戦が起きた日、傷ついた龍たちを魔族の諸侯が襲い、止めを刺した。すべては魔族の策謀であったという。神を倒した後、自らよりも強い者を滅ぼすため、魔族はその邪悪さを振りしぼり、龍さえも滅ぼしたのであった。後に、星座の神々とともに、火龍たちも地上に帰還し、魔族を滅ぼす戦いが行われた。魔族は敗北したが、すでに彼らは死ねない身の上になっていたのである。
「ドレンダルもすでに不死の身。殺すことはできませぬが、数年ほど深淵に追いやることは可能なはず」
と、ザンダルは言う。
「対策はあるのか?」
「人手が必要でございます。有能な騎士と傭兵、射手をお貸しください」
「いいだろう」
そこで、ザンダルは、さらに言った。
「魔剣【野火】は今、いずこに?」
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『歌の龍王』第六話です。
まずは、青龍の魔道師ザンダルとともに、赤き瞳の巫女と対決していきましょう。
できれば、週一ぐらいで連載したいところですが、自分でも分かりませぬ
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