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2009年4月 8日 (水)

歌の龍王【08】邂逅

赤の風虎

甘やかな言葉を弄する前に
行動あるべし。

「あなたが近くにおられてありがたい」
 魔法の気配を放つ青年は、ナルサスが宿とする廃屋の前で待っていた。魔道師学院の法衣の胸に輝くのは青龍座の紋章。魔法使いに似合わぬ槍にもたれかかり、ほとんど瞬かぬ目で正面からナルサスを見つめて言う。
「モーファットで魔族と戦ってください」
「魔族か」
 本来なら、素っ頓狂な依頼だと思うだろう。古代の邪神、邪悪なる魔族は死を越えた存在だ。魔族の呪いを受け、復讐を誓う者はいくらでもいるが、魔族と戦って生き残った者などわずかしかいない。星の女神によって封印され、多くの力を奪われているというのに。
 おそらく、ナルサスはそのわずかな例外の一人だ。
 この魔剣「野火」を手に多くの敵と戦った。水龍ティノチウスを皮切りに、邪悪な沼の魔族と戦った。多くの仲間が死んだが、彼は生き残った。
 そこまで思い起こして、ナルサスは腰の魔剣「野火」が大人しくしている理由を理解した。この男は戦いの使者だ。また殺戮と狂気の日々が始まる。「野火」は、それを感じ取っているのだ。
「いいだろう。
 こんな荒野で賞金稼ぎの馬鹿どもを斬るのにはもう飽きた」
「即答を感謝します。
 いつ、おいでいただけますか?」
「今」と答えて、ナルサスは廃屋の扉を開ける。「荷物などわずかしかない」
 そこでやっと互いに名乗っていないことに気づいた。
「人違いではなさそうだが、あんたの名前は?」
「ザンダル。モーファットで龍を研究する魔道師です」
「龍か。酔狂なことだ。敵は、龍ではないのだな?」
「赤い瞳の巫女ドレンダル。呪われしヴェルニクを支配する魔族、【赤き瞳の侯爵スゴン】に魂を売った魔女です。すでに、モーファットに侵入しています」

 余計なことを言わない男はいい相棒になる。
 ナルサスはそう思う。
 ザンダルが引いてきた予備の馬にまたがり、モーファットへ向かって荒野を走った。かつて魔剣を獲得した火龍の街まで半日足らず。おそらく、この場所に流れてきたのは、この日のためだったかもしれない。
「急ぎます」
 ザンダルはそう言うと、一気に馬を走らせた。
 街をあける時間を少しでも減らしたいらしい。代わりの使者を立てるよりも自分が動いた方が早い。そういう判断をする男か。
 嫌いじゃない。
 ナルサスは、馬に鞭を入れた。

「何か異常は?」
 ザンダルは、モーファットを支配する伯爵家の城館に飛び込み、兵に馬を預けるとともに、駆け寄ってきた家令に問う。
「波止場周辺で失踪した者が数名」
「鱗は?」
「現場に鱗が残されていた例は三か所」
「ならば、十分。弓兵隊は?」
「控えております」
 そこでザンダルはナルサスを振り返る。
「ドレンダルは、双魚使いだ。魔族に下る前は、召喚魔道師だった」
「双魚の動きは分かる」とナルサスは答えた。昔、一緒に旅した魔道師が召喚したのを見たことがある。兵として考えれば、ずいぶん厄介な妖魔だ。しかし、斬れる自信はある。
「おそらく、街の地下に踏み込んだに違いない」
と、ザンダルが言う。
「私が案内する。魔女を斬れ」
「分かりやすいな」とナルサス。
「物事の本質は単純だよ」とザンダル。

 そう、この世の本質は単純なのだ。

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『歌の龍王』第八話です。
 ザンダル&ナルサス組と魔女ドレンダルの戦いが始まります。

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