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2009年4月13日 (月)

歌の龍王【09】古の遺産

黒の牧人

言葉よりも行動がすべてを示す。
たとえ、多少遅れても現実は力強い。

 モーファットもまた、古い都である。
 妖精代に建設された諸侯都市ですらなく、島の内部を深く掘り下げた基礎部分は巨人の時代以前に遡るとも言われる。
「つまり、何があるか分かっておらぬということか」
と、傭兵ナルサスが楽しそうに言う。
「アラノス湖から引きこまれた水路があるので、いくばくかは水没している。
 そして、その水底に古く巨大な都市の廃墟と魔族の封印がある」
と、青龍の魔道師ザンダルが答える。
「巨大な都市はおそらく、巨人の七王国時代の遺跡だろう。呪われしヴェルニクとならぶ七王国の遺跡かもしれない。そして、封じられた魔族はその気配から見て、海王の星座に属するかなりの大物と見るが、名は分からぬ」
「伯爵家には何か伝わっていないのか?」とナルサス。
「ここまでは、伯爵家の城館に残された古文書の記述だ」とザンダル。「学院は、お前の持つ剣の主ではないかと考えている」
 ナルサスは、腰に履いた魔剣「野火」に触れた。この「野火」は、かつて、魔族の諸侯の中でも高位の一騎である「雫の大公ヴェパーレ」が生み出した三本の魔剣の一本とされる。残る「狭霧」「雫」は、ヴェパーレの封印とともに、北原にある。確かダリンゴースという国の都フィレアに近い場所である。
「魔族の封印が二か所にあることが不可解か?」とザンダル。
「いや」と、ナルサスは頬笑み返す。「ヴェパーレは……あの怪物は、お前の言うような意味では封じられてなどいない」
 ナルサスは思い出す。
 一度だけ邂逅した魔族の諸侯のことを。

 薄明が夜の闇を追い払い始めた時。
 ダリンゴースの河畔で休んでいたナルサスは、蹄の音で目覚めた。
 同時に、傭兵の勘が全身をぴりぴりと絞り上げた。近づいてくる存在の危険さが直観的に傭兵の体を戦いの支度に追いたてる。
 魔剣がするりと鞘から這い出して手の中に納まる。いつものようなためらいも飢えも恐怖もない。戦うために最良の武器を選んだだけだ。それだけの敵が接近している。
 野火は周囲の霧を吸い込んでいくが、霧は消える気配もない。
 どうやら、霧もまた、魔の力で忍び寄っているようだ。
 やがて、霧の中、圧倒的な戦の気配を漂わせた騎士が現れた。
 青き鎧のうちから見つめる視線はまさに氷のようだ。
 片手で巨大な大剣を引き抜き、ナルサスに向ける。
「試練だ」
 騎士の声とともに、大剣の刃に淡き銀の輝きが集う。
 騎士は馬に拍車を入れ、ナルサスへ向かって突進する。
 ナルサスは、小細工をあきらめた。あの一撃を受け流すだけで精一杯だ。
 大剣は間合いに入った瞬間に振り下ろされた。ナルサスに出来ることは一つ、真っ向から野火をぶつけることだけだった。がんと恐るべき衝撃がナルサスの腕に伝わってきたが、何とか持ちこたえた。もう一撃、来るかと思い、必死に野火を構えたが、大剣の騎士はそのまま、ナルサスの横を走りぬけていた。
「よい太刀筋だ」
と、豊かな声が放たれた。
「さらに鍛えよ。そして、再びこの場所で立ち会おう。
 いつか、このミソロンギの大剣を奪いに来るがいい」

 それはおそらく呪い。運命の言葉であろう。

「この野火ですら頼りなく思えた」
「しかたあるまい」とザンダルはうなずいた。「ミソロンギの大剣か。それは古の妖精王、ミソロンギその人が残した大いなる武具だ」
 かつて、この世界を支配していた妖精騎士。500年前に、復活した魔族、冥界の大公テンバウランと戦い、これを打ち破ったのが『指輪の大公』と呼ばれたミソロンギである。彼はモーファットの南、ダニシェリアに居城を構えていたが、戦後、魔道師リリクロスとともに地上を去ったと言われている。
 妖精騎士の多くがこの戦いで傷つき、200年ほど前に起こった嵐の騎行を最後に地上から姿を消したとも言われる。少なくとも、この二百年、公式に目撃された妖精騎士は、ただ一人。黒き槍を保有する『閉ざされた瞳』イェスターンだけである。
「ヴェパーレの封印でないとすれば、確かめてみるしかあるまい」
とザンダルはうなずく。

 伯爵家の城館の地下、封じられた銀の扉が押し開かれた。
 二千年前、地の工匠、ヴァルハン族が作り上げたと言われる銀の扉はモーファットの封じられた地下領域への数少ない出入り口である。
 その入り口に立ったのは、ナルサスとザンダルを含め、わずか6名。
 モーファット伯爵家に仕える騎士の中でも名高きゾロエ・アラノスは、騎士盾と大槍を掲げ、目を閉じている。首から下がった護符は彼がこの街で海運を守護するプラージュ騎士団に属していることを示していた。
 その脇に控えるのは、大弓を持つ弓兵が2名。ファラードとニードという名前で、いずれも城壁から龍の島まで矢を飛ばす豪弓の使い手だ。筋骨逞しい腕は剣を抜いてもずいぶんと頼もしそうだ。
 最後の一人は、巨大な戦斧を持つ異形の巨漢である。額に一本の太く短い角を持ち、全身の肌は闇のように黒い。名はガウ・ガルガン。西方レベニアに生まれた黒鬼族の傭兵だ。
「すでに聞いていると思うが、この街の地下に、魔女が住みついた。
 我らはそれを討つ。よろしいな?」
 ザンダルが言った。
「騎士団の誇りにかけて全ういたそう」とゾロエが宣言する。
「魔女の首にかけた賞金を楽しみにしているぜ」とファラードが笑う。
「街を守るのが俺達の仕事だ」とニード。
「黒鬼は最強の敵を喜ぶ」とガウが吠える。
「そいつだけは保証しよう」とザンダルが答える。「さあ、地の底へ向かおう」

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『歌の龍王』第九話です。
 『深淵』とダンジョンというのは、なかなか似合わない組み合わせかもしれませんが、恐怖の雰囲気、じっとりとした佇まい、異界らしき空気を表現するためには、非常にぴったりです。一度、お試しあれ。

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