« 歌の龍王【11】赤き瞳の幻視 | トップページ | 歌の龍王【13】残された宝玉 »

2009年5月 7日 (木)

歌の龍王【12】死の願望


赤の青龍

我は槍。
戦い、貫き、飛び行くことが使命なり。
折れることを恐れず。

「赤い目の侯爵スゴン」
 ナルサスは二度目の名を発し、さらにどこか遠くで巨大な扉が音を立てて開く。
 おそらくは、迷宮の底、あるいは、封印の内側で魔族を封じる扉が一つ一つ開かれているのだ。
「あと、四つ」
 赤き瞳の魔女ドレンダルは、笑い声を上げ、その手の赤い宝玉をナルサスへと突きつける。
「魔剣の担い手よ、その身に降りかかったあまたの死において我が主の名を呼ぶがいい」
「やめろ、ナルサス、それ以上、あれを呼んではいけない」
と、魔道師ザンダルは叫んだ。
 もしも、魔族の諸侯が顕現すれば、その力はあたり一帯を覆うだろう。スゴンの属するのは翼人座、ふりまかれるのは死の魔力だ。さきほど、ドレンダルがその凶眼とおぞましき死の手触りにより、即座に兵士を殺したように、スゴンはその身から振りまく死の魔力だけでモーファットの住民の多くを殺してしまうだろう。
「だめなのか、ザンダル?」
 ナルサスが言う。
「どういう意味だ、ナルサス」
と、ザンダルが聞き返す。
「出てくるというなら、殺せばいい」とナルサス。「そのための魔剣だ」
「魔族を殺す気か? そんなことは出来ない」
「魔族は死なぬ、そうだろう」とナルサス。「そんなことは分かっている。だが、この世に現れた影を斬ることはできる」
「我が主を斬るというのか?」とドレンダルが割って入る。
「ああ」とナルサスは不敵な笑いを浮かべる。「お前の主は、かの水龍ティノチウスよりも強いのか?」
 そうだ、とザンダルは思い出した。
 この男は、アラノス湖の水龍ティノチウスを殺した男だ。
 魔剣「野火」を手に多くの戦場を駆けた伝説の傭兵である。
「死を恐れぬというのか?」
と、ドレンダルは微笑む。
「我が主、スゴン様は【龍を殺す者】なり。
 その名を知っても、我が主を斬るというか?」
「来るというならば、斬るさ」
 ナルサスは微笑む。
「おお、怖い。怖い」と、ドレンダルは微笑み返す。「雫の大公殿も、恐ろしき者をご用意されたものだ」
 そうして、その手にあった赤い宝玉をナルサスに放る。
 しかし、ナルサスはそれを受け止めたりしなかった。投じられる赤い宝玉の下をくぐるように、ざっと踏み込み、ドレンダルの胴体を薙ぐ。
「ぐああああ」
 赤き瞳の巫女は人とは思えない悲鳴を上げて朽ち果てた。
 一瞬にして干からびた肉体は枯れ葉のように砕け散った。

-------------------------------------------------------
『歌の龍王』第十二話です。
 魔剣対魔女の戦いが終わりましたが、これはまだ序章に過ぎませぬ。
 次は来週か、再来週に。

|

« 歌の龍王【11】赤き瞳の幻視 | トップページ | 歌の龍王【13】残された宝玉 »