歌の龍王【13】残された宝玉
赤の戦車
形なき混沌が現実だ。
これに形を与えて秩序を生み出すのが我らの使命なのだ。
*
魔剣「野火」の刃に貫かれた赤き瞳の巫女ドレンダルは、急速に干からびていった。枯れ葉のように茶色になった体。
ぱきっと渇いた音が地下に響き、その体は崩れ去っていった。
だが、ナルサスはすぐに剣を納めなかった。
じっと、目だけを動かして左右を伺う。
その後、ゆっくりした動きで、死者を見下ろす。
そこには、先ほどまで味方だった遺体が三つ。
黒鬼の傭兵、二人の弓兵。
騎士は盾を構え、まだ警戒を解いていない。
「ナルサス!」
青龍の魔道師ザンダルはやっと声を発した。
「倒したのか?」
その声に、ナルサスは、遺体から目を反らし、「野火」を腰の鞘に納める。
「ああ、殺した」
ナルサスは、じっと魔剣の柄を見下ろす。
「あの魔女は殺した。しばらくは出て来ない」
魔剣使いの傭兵はやや空虚な声で答える。
「ならばいい」
とザンダルが答える。あたりの魔法の気配も消えている。幻視にひっかかるのは、ナルサスの魔剣だけ。それもまるで牛を食らって満足した火龍のように、殺気がおさまっている。
「終わったのであれば、魔道師殿に問おう」
と、騎士ゾロエが赤い宝玉を持ち上げる。もはや、光は弱まっている。
「これはいかがする?」
「我が預かる」と、ザンダルは前に進んだ。「それは騎士殿には邪悪すぎる」
騎士は、宝玉を渡すとその場に再び座り込んだ。
「悪いが、魔道師殿とナルサス殿で援軍を呼んできてもらえぬか?
この者たちの遺体を残していくのは忍びない」
ゾロエにとっては、一時的とはいえ、部下であった者たちだ。
主人として、出来る限りのことはする。
「もはや双魚はおらぬと思うが、ゾロエ殿、お一人でよいのか?」
と、ザンダルが問い返す。
「この地下を熟知し、その宝玉を処分する役割に関わりないのは、この私しかおらぬ。
ナルサス殿には、魔道師殿の警護をお願いしたい」
*
「なあ、魔道師殿」
地上へ続く扉へ向かって道を戻りながら、ナルサスはザンダルに囁いた。
「『歌の龍王』という言葉を聞いたことがあるか?」
「残念ながら、ないな」とザンダル。
「龍王の件は、確かに我が専門なれど、世に十二と一騎ありとされる龍王も、そのすべてが現在も知られている訳ではない。その中に、歌の龍王という二つ名を持つ者はいない。
そういう龍と出会ったことがあるのか?」
「いや」と、ナルサスは剣の柄をなでる。「この剣は、殺した者の命を吸う。その時、その者の想いが伝わってくることがある。あの魔女もそうだった。なぜか、最後に奴の声が聞こえた。『歌の龍王』と」
「それは調べる必要がありそうですね」
「もう一つ、気になることがある」とナルサス。「俺が殺した時、奴は笑っていた」
ザンダルはぞっとした。
なるほど、ナルサスがすぐに警戒を解かなかったはずだ。
魔剣に斬られて死ぬというのに、笑うとは……
ザンダルは、懐にしまった赤い宝玉のことを思い出す。
魔族の封印を解き明かす道具。
六度、名前を呼ばせれば、封印は解かれると、あの魔女は言った。
すでに二度、ナルサスは名前を呼んでしまった。
つまり、後四度。
そして、忘れてはならないこと。
魔族は死なない。
おそらく、ドレンダルももはや死なない。
仮の身は滅ぼされても、いつか甦る。
この赤い宝玉を取り戻そうとするかもしれない。
「水底に沈めてしまえばいい」
ナルサスが言う。
「いや、沈めても無駄だ」とザンダルは答える。「水龍ティノチウスがいたころならば、魔族も躊躇うだろうが、今のアラノス湖にどこまでの封印の力はない」
ザンダルは、選択した。
「ナルサス殿、もう少し付き合っていただこう。
私は、この宝玉を魔道師学院に届けようと思う」
魔道師学院とは、世界でただ一つ、魔法を研究している場所である。中原と北原の中間に位置するグラム山の山中にある。モーファットからは、大河を遡っても二カ月はかかる遥か北の地である。
「そこならば、封じられるというのだな?」
ナルサスの問いに、ザンダルは強くうなずいた。
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『歌の龍王』第十三話です。
残された赤い宝玉を封印するため、ザンダルとナルサスの新しい旅が始まります。
次は来週か、再来週に。
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