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2009年5月14日 (木)

歌の龍王【13】残された宝玉

赤の戦車

形なき混沌が現実だ。
これに形を与えて秩序を生み出すのが我らの使命なのだ。

 魔剣「野火」の刃に貫かれた赤き瞳の巫女ドレンダルは、急速に干からびていった。枯れ葉のように茶色になった体。
 ぱきっと渇いた音が地下に響き、その体は崩れ去っていった。

 だが、ナルサスはすぐに剣を納めなかった。
 じっと、目だけを動かして左右を伺う。
 その後、ゆっくりした動きで、死者を見下ろす。
 そこには、先ほどまで味方だった遺体が三つ。
 黒鬼の傭兵、二人の弓兵。
 騎士は盾を構え、まだ警戒を解いていない。

「ナルサス!」
 青龍の魔道師ザンダルはやっと声を発した。
「倒したのか?」
 その声に、ナルサスは、遺体から目を反らし、「野火」を腰の鞘に納める。
「ああ、殺した」
 ナルサスは、じっと魔剣の柄を見下ろす。
「あの魔女は殺した。しばらくは出て来ない」
 魔剣使いの傭兵はやや空虚な声で答える。
「ならばいい」
とザンダルが答える。あたりの魔法の気配も消えている。幻視にひっかかるのは、ナルサスの魔剣だけ。それもまるで牛を食らって満足した火龍のように、殺気がおさまっている。

「終わったのであれば、魔道師殿に問おう」
と、騎士ゾロエが赤い宝玉を持ち上げる。もはや、光は弱まっている。
「これはいかがする?」
「我が預かる」と、ザンダルは前に進んだ。「それは騎士殿には邪悪すぎる」
 騎士は、宝玉を渡すとその場に再び座り込んだ。
「悪いが、魔道師殿とナルサス殿で援軍を呼んできてもらえぬか?
 この者たちの遺体を残していくのは忍びない」
 ゾロエにとっては、一時的とはいえ、部下であった者たちだ。
 主人として、出来る限りのことはする。
「もはや双魚はおらぬと思うが、ゾロエ殿、お一人でよいのか?」
と、ザンダルが問い返す。
「この地下を熟知し、その宝玉を処分する役割に関わりないのは、この私しかおらぬ。
 ナルサス殿には、魔道師殿の警護をお願いしたい」

「なあ、魔道師殿」
 地上へ続く扉へ向かって道を戻りながら、ナルサスはザンダルに囁いた。
「『歌の龍王』という言葉を聞いたことがあるか?」
「残念ながら、ないな」とザンダル。
「龍王の件は、確かに我が専門なれど、世に十二と一騎ありとされる龍王も、そのすべてが現在も知られている訳ではない。その中に、歌の龍王という二つ名を持つ者はいない。
 そういう龍と出会ったことがあるのか?」
「いや」と、ナルサスは剣の柄をなでる。「この剣は、殺した者の命を吸う。その時、その者の想いが伝わってくることがある。あの魔女もそうだった。なぜか、最後に奴の声が聞こえた。『歌の龍王』と」
「それは調べる必要がありそうですね」
「もう一つ、気になることがある」とナルサス。「俺が殺した時、奴は笑っていた」
 ザンダルはぞっとした。
 なるほど、ナルサスがすぐに警戒を解かなかったはずだ。
 魔剣に斬られて死ぬというのに、笑うとは……
 ザンダルは、懐にしまった赤い宝玉のことを思い出す。
 魔族の封印を解き明かす道具。
 六度、名前を呼ばせれば、封印は解かれると、あの魔女は言った。
 すでに二度、ナルサスは名前を呼んでしまった。
 つまり、後四度。
 そして、忘れてはならないこと。
 魔族は死なない。
 おそらく、ドレンダルももはや死なない。
 仮の身は滅ぼされても、いつか甦る。
 この赤い宝玉を取り戻そうとするかもしれない。
「水底に沈めてしまえばいい」
 ナルサスが言う。
「いや、沈めても無駄だ」とザンダルは答える。「水龍ティノチウスがいたころならば、魔族も躊躇うだろうが、今のアラノス湖にどこまでの封印の力はない」
 ザンダルは、選択した。
「ナルサス殿、もう少し付き合っていただこう。
 私は、この宝玉を魔道師学院に届けようと思う」
 魔道師学院とは、世界でただ一つ、魔法を研究している場所である。中原と北原の中間に位置するグラム山の山中にある。モーファットからは、大河を遡っても二カ月はかかる遥か北の地である。
「そこならば、封じられるというのだな?」
 ナルサスの問いに、ザンダルは強くうなずいた。

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『歌の龍王』第十三話です。
 残された赤い宝玉を封印するため、ザンダルとナルサスの新しい旅が始まります。
 次は来週か、再来週に。

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