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2009年5月20日 (水)

歌の龍王【14】闇の胎動

黄の海王

敬意を忘れたる者には厳罰あり。
怒りもまた真実なり。

 青龍の魔道師ザンダルと魔剣使いの傭兵ナルサスが地上へ増援を求めに向かった後、屍が転がるモーファットの地下空洞に、騎士ゾロエはいた。ゾロエは、無言で遺体を集め、干からびた双魚の死体の破片を水没した地下道に投げ捨てた。飛び散った血潮は無視した。
 兜と籠手を脱ぎ棄てたのは、しばらくしてからだ。

「一時とはいえ、我が部下であった者どもの死体を残しておくわけにはいかぬ。
 ネズミのかじられた遺体なぞ遺族も見たくはなかろう」
 そう言って、ゾロエは地下に残った。
 もちろん、それは言い訳にすぎない。

 長い沈黙が流れた。

 やがて、ゾロエは赤い宝玉で焼かれた右手の掌を砕け散ったドレンダルの欠片に向ける。
「いつまで死んだふりをされておるのですか?」
「くくく」と低い笑いが虚空に漏れる。壁のひびを押し広げるように、深淵から地上への扉を押し開き、ドレンダルが姿を現す。濡れたような唇と見開いた二つの瞳は血のように赤い。
「雫の大公様の魔剣に貫かれたのだぞ、少々労わって欲しいものじゃな、騎士殿」
 ドレンダルは魔剣「野火」に刺し貫かれ、古びた羊皮紙のように干からびて飛び散ったはず。だが、ここで再び、深淵より現れたのは、まるで再び生まれ落ちたかのように瑞々しい肌を持った妖魔の美女である。
「魔族はすでに死なぬ身と聞いた。御身もまたしかり」
と、騎士ゾロエは冷静に答える。
 するとドレンダルは、魔剣に貫かれた胸のあたりを指差す。
「とはいえ、痛みが消える訳ではない。
死で終わるべき痛みはまだこの身を焼いておる」
「されど、首尾は上々かと」
「まさに」と、ドレンダルは笑う。「モーファットを滅ぼすのはもう少し待ってやる」
「我が身に救いは?」とゾロエは、掌に焼きついた赤い宝玉の痕を示す。すでに白い死の刻印がそこに刻まれている。
「まだ来ぬ」と、ドレンダルは微笑む。
「しばしの間、我に仕えるがよい。さすれば……」

 数日後、ザンダルとナルサスは、モーファット河を下る川船の上にいた。
 大柄な船乗りたちがえいえいと漕ぐ櫂がぐいぐいと船を推し進めていく。船首には水の神を司るライエルの司祭がいて、波の乙女たちに船の運航を助けるように頼みこんでいる。
 この船は、モーファット河をさらに下り、二人はダニシェリアで外洋船に乗り換えて、南方デンジャハ王国のヒルズへ向かう。
 この船に乗ることになったのは、川船からの報告があったためだ。
 モーファット河沿岸には、もとより呪われしヴェルニクを始め、かつて繁栄した土鬼王国の遺跡が残り、野蛮な土鬼たちはそれを聖域と崇めている。赤き瞳の巫女ドレンダルが主人と崇める魔族「赤い目の侯爵スゴン」はその聖域の一つ、呪われしヴェルニクに封じられているという。
 ザンダルとナルサスが、かの魔女を倒した後、ヴェルニクの川岸に土鬼が集い、川船に大石を投げるようになったという。
「おそらくはこの宝玉が通るのを待ち受けておるのでしょう」
 ザンダルは分析する。
「では、ずっと迂回してイクナーリ大平原を馬で行く方がよいのではないか?」
 モーファットの領主は心配してそう言ったが、ザンダルもナルサスも大きく首を振った。
「イクナーリは土鬼どもの縄張り。そして、この赤い宝玉は彼らの守護神の宝。いかにナルサス殿が一騎当千の英雄であれども、百千を数える土鬼に追われれば、我が身が持ちませぬ。
 こうなったのであれば、いっそ、川を下り、海に出てヒルズより妖精騎士の築いた街道を登りましょう。確かに遠回りでありますが、これならば、かなり安全かと思われます」
 かくなる相談の上、船で川を下ることになったのである。

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『歌の龍王』第十四話です。
魔道師学院への旅はやたら遠回りになりそうです。
次は来週以降に。

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