歌の龍王【15】夢の吹き寄せる岸辺
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青の海王
遠く離れても海はひとつ。
波はいつか届くだろう。
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ザンダルは船上で夢を見た。
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山上に座り込み、膝を抱えたまま、眼下の荒野で龍たちが争うのを見下ろしていた。
巨大な龍たちは狂ったように吠え、互いに噛みつき、引き裂き、時には、炎や稲妻、あるいは毒の吐息を吐き出して、同族と殺し合っていた。石より硬い龍の鱗さえ引き裂かれ、龍たちはどれもこれも血まみれであった。あるものは角や翼を折られ、あるものは喉や腹を引き裂かれ、それでも互いを殺すため、狂ったように戦っていた。鬨の声なのか、悲鳴なのか、もはや区別のつかぬ龍の怒号が荒野に響き渡る。
ぞっとするような冷たさと渦巻く殺意の気配が、龍の遠吠えに乗ってまき散らされる。
(お前も一緒に殺せ、殺せ、殺せ!)
だが、それに乗る訳にはいかない。自分と仲間たちの出番はまだまだ先だ。
今は、この戦いを見届け、狩りに備えなくてはいけない。
火龍と火龍が殺し合うという千載一遇の機会。戦いの趨勢が決まり、生き残った火龍たちを包囲し、殲滅しなくてはならない。傷だらけであっても火龍は火龍。ここで逃せば、後はない。
(どくん)
心臓が高鳴った。
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目覚めると、川船は夕餉のために、川岸に寄せられていた。
「ここはどこですか?」
と、船乗りに聞くと、船乗りは答える。
「レ・ドーラの東でございます」
ザンダルはふと午睡をしてしまった己のうかつさに気づいた。
レ・ドーラ。
遥か古代に、火龍同士が相争ったとされる荒野。
そこには、多くの火龍の屍が積み重なり、火龍の怨嗟の想いが留まっていると言う。いずれ、龍の秘儀の探索に赴くべき場所としてザンダル自身も考えていた場所だ。
モーファット河を一気に下ることばかり考えていて、気づきもしなかった。
ここは殺意と怨嗟の想いが強すぎる。
そして、この懐の赤い瞳は、おぞましい火龍の狂気を導く。
狂気?
ザンダルは気づいて、ナルサスの姿を探した。
しかし、周囲にはかの魔剣使いの傭兵の姿はなかった。
「我が連れは?」
ザンダルの問いに、船長が一通の手紙を差し出した。
「夕餉で岸につけた途端に、船を去られました。
ご伝言は『もはや安息の時は過ぎた』とのことです」
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ザンダル殿へ
貴殿がこの手紙を読んでいるということは、我らが安息の時が終わったということだ。
我が魔剣「野火」は、しばしば、血に飢えてならぬ時を迎える。その時、私は、貴殿の前を去るだろう。魔剣の導くまま、戦いに身を投じるのが私の定めだ。
約束を違えることを許してくれ。
ナルサス
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夕餉の後、暗き川面を見つつ、ザンダルはまた、夢を見た。
火龍と戦う魔剣使いの夢を。
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『歌の龍王』第十五話です。
ナルサスが去り、レ・ドーラの岸辺に夢が吹き寄せられます。
しばし、ダニシェリア周辺の物語が続きます。
次は来週以降に。
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