歌の龍王【16】迎える者
*
赤の野槌
この場所こそ我が故郷。
それだけは決して忘れない。
*
ナルサスが消えたレ・ドーラの岸辺で河船は夜を明かした。
青龍の魔道師ザンダルは、夜明け前の闇の中で何かふっと忍び込んでくる気配に目を覚ました。それはまるで龍が放つ冷たい何かにも似ていたが、殺意は含まれていなかった。
それでも、明らかに人とは違う。
赤き瞳の巫女ドレンダルが、甦ったのか、とも思ったが、それは翼人ではなく、明らかに青龍座に属する感触だ。
ばさり。
羽音に目を覚ますと、岸辺に異形の人影が舞い降りた。
一見、若い女性のように見えるが、その背には大きな龍の羽が広がり、背後には長い龍の尾が垂れている。顔つきは、少女のように見えて、口元から小さな牙がのぞいている。手には長い槍を構え、腰には剣を下げている。
ザンダルは思い出した。
確か、ダニシェリアの山の上、天魔の城と呼ばれるラヴィオスの谷間に、今も火龍の血筋を引く有翼の民がいるという。
「人の子にして、火龍に仕えたる者よ」
その声ははっきりと響き渡る。上代語のなまりを含むものの、はっきりとした交易語だ。
「お前が所有する、その赤き宝玉について問いたい」
ラヴィオスの龍人は、じっとザンダルの方を見た。
やむなく、ザンダルは立ち上がり、龍人の前に立つ。
「これは、悪しき魔族《赤い目の侯爵スゴン》の眷族から奪いたる呪いの宝玉でございます。我はこれを封印すべく、魔道師学院への旅の途中」
「さても、婆様の予言通りか。
しかたない。お前には、カラールまで来てもらおう」
龍人は、高音の雄叫びを放った。
口笛とは異なる甲高い叫びに応じるかのように、頭上からさらに複数の龍人の姿が現れる。龍人たちは、数名で一緒に網をぶら下げている。おそらくは、これに乗れというのであろう。
「ラヴィオスの龍姫様だ」
やっと目覚めたらしい、船乗りたちが龍人の姿を見て叫びを上げる。龍姫と呼ばれているところを見ると、少女のように見えたのは間違いではなかったらしい。
船長がザンダルを見て、諦めたような吐息を漏らす。
「魔道師殿が呼んだのですか?」
「いや、我輩を迎えに来たようだ。
済まぬが、私もここで船を下りることになろう」
と、ザンダルが頭を下げた。
「さて、どこまで飛べばいいのだ?」
ザンダルは龍人を振り返って聞く。
すると龍人は南に見える高い山を指差す。
「ならば、我も翼を何とかしよう」
ザンダルは、一歩下がって、【龍翼】の呪文を唱える。
上代語の詠唱とともに、火龍の力が肉体にみなぎってくる。上着をはだけると背中からめきめきと火龍の翼が生える。皮膚が避け、血がしたたる。変化に肉体がついて来れなかったようだ。
「これでしばし、飛べましょう」
「人の子もやるな」と、龍人は笑い、仲間に手を振る。
網を持った一団は飛び去り、ザンダルもまた山に向かって飛びあがった。
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『歌の龍王』第十六話です。
龍人ラヴィオスとともに、ダニシェリアの山奥、カラールへ向かいます。しばし、ダニシェリア周辺の物語が続きます。次は来週以降に。
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