歌の龍王【20】港町ラズーリの闇
*
赤の八弦琴
我は見つめる者。
汝の生きざま、とくと見届けよう。
*
港町ラズーリの波止場は波の音に満ちていた。
ゲグに仕える者と名乗った娘は、海のように青いローブの中からザンダルに手を差し伸べる。その肌の色はずいぶんと日に焼けて黒いが、それは健康的で魅惑的だった。
「あなた様こそが御使い」
娘は繰り返す。
「海の神王を目覚めさせる者」
おそらくは、海に封じられた魔族「波の騎士」を信奉する異端者であろう。何かの予言が彼女を導いている。それとも、ザンダルが懐に抱いた「赤き瞳」に呼び寄せられたのか?
「夢が……この街を覆いました」
娘はザンダルの手に触れる。
またも脳裏に海中を彷徨う者の夢が広がる。
そして、輝く海面には、白銀の巨大な球体が浮かんでいる。
ザンダルの記憶のどこかでちりちりとした警戒が立ち上がる。
あれは危険なものだ。
おそらく、ザンダル自身が抱くスゴンの赤き瞳よりもっとずっと…
「あれは何だ?」
ザンダルは女の手を振りほどきながら、問いかける。
「目覚めを呼ぶ者。真実の姿を失い、復活の時を求めて彷徨う者」
そうして、娘は水平線を指差す。青い、青い海と、青い、青い空の狭間に、白い入道雲が葬列のように並ぶ水平線に、なにやら、きらりと光る物がある。白銀の何かが雲の狭間をさまよい、ゆっくりと移動していく。
大きい。
あれは何だ?
思わず、幻視の糸を伸ばし……ザンダルはぞっとするような気配に身を潜めた。
とてつもない魔力。
風の遠吠えがザンダルの耳に響いた。
風虎か。
モーファットで火龍を観察していたザンダルですら、その魔力の大きさにぞっとする。
公爵、もしくは大公の名を持つ者に違いない。
風虎座の魔族など縁がないと思っていたため、あれが何かは判別できないが、危険な存在であることには間違いない。
「あれこそ目覚めをもたらす第一の使者。
天空を舞う白銀の大公」
ゲグに仕える娘が言う。
「さあ、参りましょう。
我らが神がお待ちしております」
「そういう訳にはいかない。
魔道師学院の名にかけ、魔族の信徒と通じる訳にはいかぬのだ」
ザンダルは、ずっと持ってきた手槍を構え、娘に向ける。
相手が異端者ならば、この街の警吏たちに突き出し、協力を得るのが得策。うまくすれば、街にいる魔道師かまじない師の力も借りられよう。
そう決めて、ザンダルは娘に声をかける。
「この街にも、領主がおろう。
そこで詮議をいたそう」
「ええ、構いませんわ」
と娘は微笑み返す。
「ご挨拶がまだでしたね。
私、このラズーリを治めるライン・ラズーリの娘、アナベルでございます」
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『歌の龍王』第二十話です。
ラズーリの港に住む異端結社「ゲグ」の者たちが暗躍します。
次は来週以降に。
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