歌の龍王【24】海王
*
赤の風虎
甘やかな言葉を弄する前に
行動あるべし。
*
奇妙な多面体であった。
青い海のような宝玉をわざわざ歪な多面体に細工したように見える。
イルイア・ゲグと言う。
《波の騎士》あるいは《海の騎士》と呼ばれたる魔族スボターンの宝玉という。
「邪悪な宝玉だ」
と、ルーニクが触れずに言う。
「このイルイア・ゲグが流れついた村は間もなく滅ぶという」
若き海王はそのおぞましい魔力を警戒するようににらんでいる。
「おそらくは」とザンダルが答える。
「我が身はすでに《策謀》の中。それもまた魔族が陰謀のため、我に与えたもの」
「そのようなおぞましき存在。捨ててしまえ!」
と、ルーニクが吐き捨てるように言う。
「そして、どこぞの浜辺に流れ着く」
「では、どうすればよいのだ?」
「私が魔道師学院に運び、封じましょう」
それが定めなのだろう。
そして、そうすることこそが魔族の望み。
「預けてもよいのだな?」
と、ルーニクは念を押す。
「私はこのために青龍の加護を得ているのでしょう」
ザンダルは答えて、魔法の加護を得る《龍王の加護》の呪文を唱える。宝玉に触れる前に、これを唱えて置かねば、いかなる狂気を吹き込まれるか分かったものではない。
だが、事態はザンダルの予想以上に激しかった。
目の前に悪しき宝玉が二つも並んでいるせいか、呪文とともに、魔力が奔馬のようにたけり狂う。ザンダルが巡らせた精神集中はたやすく突き破られ、意識が飛びそうになる。耐えようと噛み締めた歯が砕けた。
ザンダルはめまいを感じながら、呪文を唱え終わり、息を整えてから、イルイア・ゲグをつかんだ。
次の瞬間、青い波に呑み込まれ、頭上で声が響いた。
(我は忘れぬ)
赤き瞳を通して、魔族《赤き瞳の侯爵スゴン》が叫びを上げる。
火龍を滅ぼすために生まれた死の怪物。
(我は諦めぬ)
イルイア・ゲグの回りに渦巻く青き魔力が多面体に輝き、《海の騎士スボターン》の決意を宣言する。
(我は追い詰める)
それらに答えるように、頭上で雷鳴が轟いた。それはおそらく、《宝玉の大公バーグロー》の答え。
魔族の時代が来るのだ。
そのまま、ザンダルは過去の夢に落ちていく。
何か後悔していた。
誰かを助けられなかった。
勇気がなかった。
決断が出来なかった。
力がなかった。
弱い自分が嫌いだった。
だから……
「力が欲しいか?」
イルイア・ゲグの声が脳裏に響く。
《龍王の加護》がなければ、あっさり飲まれていただろう。承諾し、邪悪な宝玉の奴隷になっていたはずだ。
「大丈夫か?」
ルーニクの声はさすがに心配そうだ。
「私は、すでに龍の狂気に身を焼く者。
魔族ごときに負けはしません」
と、ザンダルは微笑み返した。
「ならばよい」とルーニクが立ち上がる。
「明日には、グナイクに着く。
そこで海王連にも説明していただくとしよう」
グナイク。
それは海王の都。海を支配する者たちの王城。
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『歌の龍王』第二十四話です。
ザンダルは、海王ルーニクの船に救われ、海王の都グナイクへと向かいます。
次は来週以降に。
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