歌の龍王【26】海王(承前2)
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紫の戦車
我は混沌を焼く。
太陽の下、大地は常に堅固なり。
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世に八つの海があるとされている。
光の海、闇の海、炎の海、氷の海、風の海、渦の海、藻の海、果ての海。
その中でも、炎の海は南の果て、遥か彼方に広がる熱帯の海だ。グナイクからさらに南の彼方、炎を吹くいくつもの島がそこにはあるという。
海王ヨーウィーといくつかの船だけが炎の海へ旅し、珍奇な品物を持ちかえるばかりで、そこに行って帰ってきた者は少ない。炎の海への旅は何カ月もかかるという。何もない熱帯の海を何カ月も旅するのは大変な労苦である。炎の加護を受けたヨーウィーの《紅蓮の刃》号でなければ、踏破することも難しいことだろう。
とはいえ、ヨーウィー自身、数年ぶりのグナイク帰還である。
数年前、《海の司祭アイカ・ラシーグ》という魔族にまつわる事件で、炎の海のとある島へ探索に出たまま、ずっと帰還していなかったのである。グナイクの海王衆は、遠方の海を支配する海王たちと同様、ヨーウィーが炎の海に腰を落ち着けたのかもしれないと思っていたほどだ。
「グナイクの面前で火柱を上げて帰還とはヨーウィーもどうしたのやら」
帆船はほぼ木製であるから、火の気は厳禁である。
炎の加護を持つ《紅蓮の刃》号とはいえ、海王の港の目前、多数の帆船が係留された港の目前で火柱を上げ、出現するとは異常事態に違いない。火柱が一瞬で消え、真紅の海王船が湾の入り口で碇を降ろすまで、ずいぶんな混乱が波止場で起こった。
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「警告を持ち帰った」
王城に現れたヨーウィーはそう言った。
ヨーウィーの姿は、船乗りには見えなかった。頭からすっぽりと白いローブを被り、腰には何やら禍々しい戦鎚をぶら下げている。しわの刻まれた顔は、陽に焼けた老船乗りらしいものであったが、目が血走り、うつろであった。
「南海にて、《津波の王》が目覚めようとしている」
ヨーウィーは続ける。
「《海の司祭アイカ・ラシーグ》は、邪悪の先ぶれだった。
南海の水底に封じられた魔族復活の危機を伝える予兆だったのだ。
《津波の王》に仕える大海蛇がこのグナイクに向かっておる。
壮絶な津波とともに」
「《海の騎士》に続いて、《津波の王》も覚醒したとなれば、今後、南海は戦場となろう」
答えたのは、光の海王ザラシュ・ネパードである。聖剣ラツ・ヴァイネルダフを取り戻した騎士たる海王は、海を統べる将としての気迫を取り戻したようだ。
「まずは、《津波の王》の手先たる大海蛇を何とかせねばいかんな」
「よき武器がそこにあるではないか?」
ウィンネッケが指差したのは、ザンダルが円卓に置いた二つの宝玉であった。禍々しい《スゴンの赤き瞳》と、奇怪な多面体《イルイア・ゲグ》。
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『歌の龍王』第二十六話です。
海王の都グナイクで魔族の危機が広がります。
次は来週以降に。
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