歌の龍王【28】海王(承前4)
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青の海王
樹木は枯れて、地に帰り草を育てる。
獅子は死んで虫を育てる。
死は決して無駄ではないのだ。
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準備は予想外に素早く進んだ。
ザンダルが抗弁し切れぬまま、沈黙すると、海王たちはさっさと職人を呼び、魔族の宝玉を巨大な銛の先端に嵌めてしまった。人の子の背丈の倍はあろうかという大物だ。
「まるで、誂えたようだな」
とルーニクが言うと、老アイオロスが答える。
「おそらくは、これもまた運命なのかもしれぬ」
「ああ、《策謀》のうちであろう」と、獣頭のウィンネッケが笑う。山犬のような口元から、黄色い牙がこぼれる。「これほど痛快な気持ちになるのも奴らの仕込みかもしれん」
「だからと言って、《津波の王》にグナイクを沈めさせる訳にはいかん」
と、ザラシュ・ネパードが言う。海の聖剣が戻ったためか、実に生き生きしている。
「然り」とヨーウィーが答える。「さて、この死の銛を振るう役だが……」
「面白そうな話だな」とカーディフが片手を上げる。
「いや、待て」とザラシュが止める。「オメラス大公閣下のご血族に、死の銛を振わせる訳にもいかんよ」
カーディフは、南東地域の有力貴族の一族だ。海蛇退治にそのような高貴な血筋を費やす訳にはいけない。
「おぬしも同様じゃ、ザラシュ」と老アイオロスが口をはさむ。「お前は、海の聖剣の守護者だ。いざという時、その聖剣を持って後詰をせねばならん」
「爺にさせる訳にもいかぬし」と、ルーニクが笑う。「この若造の出番でよいですかな?」
「任せる」とウィンネッケが同意し、ヨーウィーがうなずいた。
「決まりだ」とルーニクは死の銛をつかんだ。
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翌日には、ザンダルと海王たちはグナイクの港を出ていた。
「グナイクに、《津波の王》が達する前に、海上で戦うのじゃ」
アイオロスはそう言い、水占いの末、グナイクの沖へと船を進めるように命じた。
津波は岸辺に近づき、海底が浅くなるほどに高くなる。ヨーウィーの言う脅威が呼び名の通り、津波を操る者なら、浜辺で待ち受けるのは愚の骨頂と言える。外洋を彷徨っている間に迎え撃つのが、海王の有利である。
グナイクを順次出版した艦隊は四隻、沖合で三角形の布陣を組んだ。先鋒にはヨーウィーの《紅蓮の刃》号、続いて、本命の銛を掲げたルーニクの《大渦号》、後方は右にザラシュの《黄金の太陽》号、左にウィンネッケの《黒骨》号の陣容である。カーディフの《微風》号はグナイクの守りとして、海王の港に残った。
「おぬしは残ってもよかったのだぞ」
と、ルーニクがザンダルに言う。
「その宝玉の行方を見届けるのも、我が使命。
あのまま、本当に海底へ沈めてよいのか? やはり迷いが残っております」
「青龍座の人間にしては踏ん切りが悪いな」と、ルーニクが笑う。
「人は」とザンダルは唇をかむ。「なかなか龍にはなれませぬ」
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『歌の龍王』第二十八話です。
次回、嵐の海で海王たちが津波の王の僕たる大海蛇と戦います。
次は来週以降に。
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