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2010年2月15日 (月)

歌の龍王【33】野望の姫(2)


青の戦車

我は大地を編む。
世界は今も、これからも
自ら出来ていくのだ。

 黒鉄(くろがね)の姫、と呼ばれていた。
 剣の公爵家に生まれた三人姉妹のうち、次女にあたるカスリーンは、兄譲りの武闘派である。自ら剣を取り、馬を駆る女将軍である。ドレスの上から両手にはめた篭手は、彼女の生きざまの証である。御年18になる。
「お前が我が家を去って5年になる」
 カスリーンは繰り返した。
 ザンダルへ平伏した後、彼女の目をじっと見つめ返した。
「かの時には大変お世話になりました」
「5年ぶりの言葉がそれだけか?」とカスリーンは睨み返す。
「まあ、よい。お前には貸しがある」
「御意」とザンダルがうなずく。
 何も言葉は紡がない。
 紡いだとて、無駄にしかならない。
 だから、沈黙を守る。
「もはやユパを無事に通れるつもりでいたのか?」
 カスリーンは口元を歪めた後、諦めたような目でザンダルを見る。
「ああ、そうだ。お前は考えてなどいない。
 火龍の狂気はそれほど心地よいか?」
 だが、ザンダルは答えない。
 その沈黙をいまいましげに見つめた後、カスリーンはため息をつく。
「こんな男を。あの頃は私も若かった」
 コーディスがちらりと視線を流すと、カスリーンは両手の篭手を打ち合わせ、コーデルに合図する。騎士は傍らの文机から地図を取り、ザンダルの前に広げる。ユパを中心とした中原南部の地図だ。ユパの東国境は東北のルケ山から南下したあたりで、土鬼の版図に接する。その反対側、遥かな荒野を隔てれば、モーファットまで続くが、そのためには、レ・ドーラの荒野を超えなくてはならない。
「覚えていないとはいわせん。お前が描いた地図だ」
 カスリーンは篭手に包まれた右手で国境を指差す。
「我らは、東方で土鬼と戦っている」
 土鬼は、ヴェルニクなどに住まう巨人だ。巨人族の中では小型だが、それでも人の背の倍以上ある。巨大な棍棒の一振りは、騎士を粉砕するほどだ。
「その槍は《スゴンの赤き瞳》を宿す。
 奴らの守護神だ。
 武器として使えるのではないか?」
「現段階では、否定も肯定もできません」
「例えば」とカスリーンは言い募る。「それなら、土鬼を殺せよう」
「ここに宿る死の力。確かに土鬼であっても殺せないことはありません」
「ならばよい」
とカスリーンは微笑む。
「ザンダル、お前は私のために戦うのだ」
「御意」
 ザンダルは胸に手を当てて、答えた。

 しばし、沈黙が続いた。
 居心地の悪い沈黙を埋めるように、またカスリーンが話し始める。
「マデリーン姉様は覚えているな?」
 回答を求めない呼びかけ。ただ確認のためだけの一方的な言葉。
 ザンダルは、沈黙したまま、泡立つ気持ちを抑え、剣の公爵家の系図を思い出す。子供たちは二男三女。長兄のデルフィス将軍を筆頭に、長女マデリーン、次女カスリーン、三女アイリーン、最後にまだ幼い次男ヴィランが続く。記憶が間違っていなければ、マデリーンは御年26、すでに、ユパの歩兵隊長の一人であるケドリック子爵に嫁いで久しい。残念ながら、この姉妹、決して仲がよいとは言えない。
「姉上は、マイオスと友誼を結び、聖山ルケに近いあたりに布陣した。
 我らはその南で、ヴェルニクの土鬼と渡り合っている」
 ここで、カスリーンはコーディスを振り返る。
 騎士は目でザンダルに地図を指す。
 なるほど、この男が今はカスリーンの騎士となり、姉妹で軍功を競っているということのようだ。

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『歌の龍王』第三十三話です。
 短めでも続きをかいていきたいと思っています。

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