歌の龍王【34】野望の姫(3)
*
青の通火
汝の臆病さを恥じるな。
慎重さこそ汝の命を救うだろう。
*
「あなたは今もあの願いを抱いておられるのですね?」
ザンダルはしばし考えた後、カスリーンに問い直した。
「願いか。お前らしい言い方だ」
カスリーンの口調は憐れむようだ。
「学院の魔道師どもはいつまで経っても、時代の流れを認めようとしない。
ここはユパだ。
もはや妖精王国ではない」
その発言は、本来、公に発せられるべきものではない。
今でも、世界は妖精王国の統治下にある、とされている。
少なくとも、魔道師学院と中原、北原ではそれが建前だ。
だが……
妖精王国。
9526年目を迎えたこの恐ろしく長大な歴史のある国家は、もう存在しないも同然である。
指輪の女王から世界の統治権を授けられた妖精騎士はもはや滅びた。
不老不死の魔法種族たちは、完全に消え去った訳ではないが、500年前、復活した魔族の軍団との戦いで疲弊し、傷つき、その都に引き籠って出てくることなどほとんどない。人の子の大半は妖精騎士など見たこともなく、伝説の存在だと考えている。石造りの都メジナなど、その街の中央に妖精騎士の宮殿が屹立しているが、多くの市民には、それは板状の険しい山にしか見えないし、出入する姿を捕らえることもできない。
現在、この世界を統治しているのは、妖精王から統治を委任された血筋の人の子たちだ。
そのため、2、300年前から世界各地で戦乱が渦巻き、辺境では妖精王国との関係などまったく持たない独立国家さえ誕生した。ユパ王国もまたそうした独立国家の一つである。
人の子が独自に王国を築いた、という現実は野心ある者の心に火をつけた。
カスリーンもまたそうした野望を持つ者の一人だ。
5年前、ザンダルが彼女の家庭教師をしていた頃。
歴史を学んだ彼女は、ザンダルに向かってこう問いかけた。
「わらわが王になる方法を教えよ」
ザンダルは、しばし考えてこう答えた。
「戦術、外交、策略を教えることは可能です。
ですが、天運と人徳を教えることはできません」
「堅苦しいことを」
とカスリーンが問い詰める。
「天運と人徳なら、すでにある。
お前は、戦場の策略と武力の調達方法、策謀の見極め方を教えてくれ」
13歳の少女とは思えぬ発言であったが、ザンダルは感銘した。
「私にできうるすべてをお教えいたしましょう」
「頼むぞ」
「まず、学ぶべきことが一つ。
倒せない敵とは戦わないことです」
「なんと臆病な」
カスリーンは軽蔑した目で見た。
(この姫の魂は、なんと勇猛なことよ)
「姫は、火龍を目撃されたことがございますか?」
「まだない」
「私はございます」
「……」
「人の子が火龍に勝つことは非常に困難です。
無策では食われるのみ。
策を弄し、武力を集め、いかに仕込んでみたところで、あの固き鱗を貫く研ぎ澄まされた槍が用意出来なければ、火龍に勝つことはできません。槍を構えても、騎士と軍馬が恐れをいだけば、戦いになりませぬ。火龍の炎を防ぐ魔法の盾がなければ、先手を取られた途端に負けとなります。
たとえ、そのすべてが揃っても、火龍を倒せる確率は半々でございます」
「……」
「ご理解いただけました?
カスリーン姫の目指す玉座とは、火龍のごとき存在です」
そこで若き姫は、一度、唇をぐっとかみしめた後、ザンダルをにらみつけた。
「では、お前に命ずる。
ザンダルの知恵が必要じゃ。
お前はわらわが玉座に座るその日まで、側におれ。
お前はわらわのために戦うのじゃ」
ザンダルは、この少女の瞳に火龍と同じ炎を見た。
膝を折り、少女の前に頭を垂れた。
あの日。
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『歌の龍王』第三十四話です。
短めでも続きをかいていきたいと思っています。
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